
手帳に書く「自分との対話」で道は開ける
最近、仕事の手を止めてふと思った。
私は、何のために働いているんだろう。
これまでは、サービスを使ってくれる人のために、
少しでも役に立てるようにと頑張ってきた。
けれど、会社の方針が変わり、
その「目的」が少し霞んで見えた瞬間があった。
まるで、羅針盤を失った船のように。
行き先がわからないのに、
前に進まなければならない感覚だけが残る。
リーダーという立場上、
私が迷うわけにはいかないと思っていた。
でも、その「迷ってはいけない」と思う気持ちこそが、
私を一番苦しめていたのかもしれない。
そんなとき、私はいつも手帳を開く。
40代の迷いは「心の養生」が必要なサイン
40代になると、
体も心も、以前より繊細に反応するようになる。
子どもの成長、親の老い、自分の体の変化。
そのどれもが静かに心を揺らす。
昔の私は、もっと強気だった。
何があっても意見を曲げず、
「正しさ」で自分を守っていた。
けれど今は、他人の表情や言葉の裏を読むことに
神経をすり減らしてしまう。
弱くなったわけじゃない。
ただ、感じ取る力が深くなったのだと思う。
東洋医学では「未病」という言葉がある。
病気になる前に、体や心が出す小さなサイン。
この“迷い”も、もしかしたら心の未病なのかもしれない。
だからこそ、立ち止まって、
自分の中の声に耳を澄ませる。
手帳に書く「私だけの羅針盤」
手帳は、私の心の鏡のような存在だ。
誰にも見せる必要がないからこそ、
本当の気持ちをそのまま書ける。
「会社の方向性がわからない」
「このままでいいのかわからない」
「本当に人を幸せにできているのだろうか」
そうした小さなモヤモヤを、
ただ一つひとつ文字にして並べていく。
すると、不思議と心が軽くなる。
書いた言葉を読み返すと、
その奥にある“願い”が見えてくる。
「ああ、私はまだ、この仕事を信じたいんだ。」
正しい答えよりも、
自分の中に一本の「軸」が通っているかどうか。
それを確かめる時間こそ、
リーダーとしての養生なのだと思う。
書くことで、ゆらぎを受け入れる
この日の手帳には、淡いピンクのマスキングテープを貼った。
春の名残のようなその色が、
少し曇った心をやさしく包んでくれた気がする。
ページを彩る行為は、単なる飾りではなく、
心を整える儀式のようなもの。
どんな悩みも、書いて、眺めて、
そっと息をつくとき、
「まあ、これも私だな」と思えてくる。
AIが何でも効率的に処理してくれる時代に、
あえて“紙の上に時間をかける”という行為は、
不便だからこそ意味がある。
ページをめくる音、
インクのにじみ、
書き損じた跡――。
そういう“人間の痕跡”が、
私を現実に引き戻してくれる。
迷いの先に、また歩き出すために
40代の仕事の迷いは、
決してマイナスではないと思っている。
迷うということは、
まだ自分を信じたい証拠。
そして、その迷いの中にこそ、
次のステージへ進むための芽がある。
手帳に言葉を置くたび、
少しずつ、自分の輪郭が戻ってくる。
焦らず、比べず、
静かに問いを重ねていけばいい。
「私は、何を大切にしたいのか。」
この問いを持ち続けられる限り、
きっと道は、また開けていく。
今日も小さな養生を。
Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。