
淡々とした日々に、ふと舞い降りた一冊の熱
仕事と家事に追われ、カレンダーの数字だけが静かに過ぎていく。
そんな日々の中で、久しぶりに「恋愛マンガ」を手に取った。
タイトルは――『たまらないのは恋なのか』。
ページを開いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
登場人物の視線や、たった一言のセリフ。
それらが、眠っていた感情の奥底を、やさしくノックする。
気づけば、同じ本を二冊も揃えていた。
「特典が違うから」と、自分に言い訳をしながら。
けれど本当は、どちらも手放せなかった。
どちらにも、今の私が求めている“熱”が宿っていたから。
誰にも言えない、静かな推し活。
それは、夫にも、家族にも見せない、
40代の私だけが知る、ひそやかな秘密の時間。
忘れていた「ときめき」が、
この小さなマンガの世界を通して、
もう一度、私の中に帰ってきた。
置き去りにしてきた「ときめく自分」との再会
ページをめくるたび、胸の奥が静かに鳴る。
それは、若い頃のような焦がれる恋ではない。
もっと静かで、もっと深く、
生きることの奥に潜む“熱”のようなもの。
結婚して、母になり、働くようになって、
いつしか“誰かにときめく自分”を、
日々の雑音の中に置き忘れてきた気がしていた。
だからこそ、このマンガの恋が、
私の中の柔らかい場所をそっと撫でる。
ああ、私の心はまだ動ける。
その確信が、静かな安堵となって広がっていく。
東洋医学では「血(けつ)」が心に潤いを与えるという。
血が巡れば、感情は穏やかに整い、
停滞すれば、心は乾き、世界が色を失っていく。
この恋愛マンガに感じるときめきは、
まさにその“心の血の巡り”を整えるもの。
乾いた心に、静かにしみ込むような養生なのだと思う。
推し活は、硬くなった心をほぐす「心のストレッチ」
「推し活 40代」と検索すると、
きらびやかな世界が並ぶ。
でも私のそれは、もっと静かで、内向きな推し活だ。
現実の私は、理性と責任で動く大人。
素直になれないことも多い。
感情を押し込め、日常に合わせて整えていくうちに、
心は少しずつ硬くなる。
だからこそ、マンガの中で恋をする。
心の奥に残っていた“ときめく力”を思い出す。
それは、現実逃避ではない。
むしろ、心の筋肉をゆっくり伸ばしていく
静かなストレッチのような時間だ。
ときめきとは、心の呼吸。
長く止めていた息を、
もう一度深く吸い込むような感覚がある。
それだけで、世界の色が少しだけ柔らかく変わる。
手帳に記す、誰にも言えない「私の時間」
夫に「このマンガが好き」と言う勇気はまだない。
でも、この小さな秘密を抱えた夜は、
静かに心をあたためてくれる。
ページを閉じたあと、
手帳を開いて、そっと書き留める。
登場人物の台詞ではなく、
その言葉を受け取った私自身の感情を。
――ああ、私はまだ、こんなふうに心が動くのだ。
その記録は、誰かに見せるためのものではない。
「私が、私を知るためのノート」だ。
推し活とは、誰かを崇めることではなく、
自分の感情を思い出すこと。
乾ききった日常に、
小さな潤いを取り戻す行為なのだと思う。

心の潤いが、日常をやわらかく照らす
恋はしていなくても、
ときめきは、まだこの胸の奥で生きている。
それは、誰かのためではなく、
自分を生かすための灯り。
ページを閉じて、
小さく息を吐く。
「明日も、私らしく、穏やかに過ごそう」
心に一滴の潤いを残して、
今日も小さな養生を。
Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。