
激しさより安らぎを。「純愛」に惹かれる理由
私はBL漫画が好きだ。
このジャンルは広く、激情のドラマや濃密な展開を描く作品も多い。
けれど、私が求めているのは、もっと穏やかで、
人の体温が静かに伝わるような物語。
朝のまだ薄暗い時間に、湯気の立つカップを片手に読むBL。
これが、私の日課になっている。
心がまだざわつく前の、静かな時間。
だからこそ、激しい愛ではなく、
ゆっくりと滲むような純愛に惹かれてしまう。
疲れた大人女子に効く「小さな養生」
日々の仕事、家族、責任。
それらが積み重なると、心はいつの間にか硬くなる。
そんな朝にページを開くと、
やわらかい言葉と眼差しが、
私の内側の張り詰めた糸を、そっとゆるめてくれる。
日常系BLの穏やかな世界は、
「何も起こらない」ことそのものが癒やしになる。
誰かを思うその優しさが、
今日を生きる力に変わっていく。
きっかけは、少し過激な物語から
最初に読んだのは、「変態ストーカーに狙われてます」という漫画だった。
タイトルの印象とは裏腹に、登場人物の心の奥にある“切実さ”が忘れられなかった。
その作品をきっかけに、
私はBLというジャンルが持つ奥行きに気づいた。
そして今、いちばん好きなのは「たまらないのは恋なのか」。
高校生カップルの北原くんと美澄くん。
彼らの恋はまだ未完成で、どこか不器用。
でも、だからこそ愛おしい。
41歳の私が彼らに心を奪われるのは、
自分の中の“ときめき”を、もう一度思い出させてくれるから。
恋をしたいわけじゃない。
ただ、誰かを大切に想う気持ちに触れたいのだと思う。
「ひだまり」のような関係がもたらす心理的効果
私が惹かれる物語には、いつも「穏やかな関係性」がある。
たとえば、仁藤と田塚。
ピットスポルム、ひだまりが聴こえる。
ただ、時間が流れていくふたり…。
特別ではない「ただそばにいる」ことの価値
恋というよりも、呼吸のような存在。
お互いの沈黙が心地よく、
そこに“安心”がある。
夫とは、そんな沈黙が持てない。
言葉を選び、感情を隠して、
必要最低限の会話で一日が過ぎていく。
だからこそ、BLの世界のやさしい関係に
心が少しだけ救われる。
現実の誰かに求められなくても、
物語の中のふたりが「君でいい」と言ってくれるだけで、
世界が柔らかく見える。
共感という名の心の交流
BLを読む時間は、誰にも見せない小さな聖域だ。
けれど、電子書籍でコメント欄を眺めていると、
自分と同じように“心がほどけた誰か”が確かに存在していると感じる瞬間がある。
「このシーン、泣いた」
「美澄くんの笑顔が好き」
そんな一文に出会うだけで、胸の奥がふっとあたたまる。
知らない誰かが、同じページで立ち止まっていた。
それを想像するだけで、孤独な朝の読書が、
少しだけ柔らかい光を帯びる。
雲のように、やさしく変化していく心
ふと空を見上げると、雲が流れている。
形を変えながら、やがて消えていく。
まるで、今日の感情のように。
怒りも寂しさも、
やがて雲のように薄まっていく。
純愛BLの物語は、
その「変わりゆく」ことを優しく肯定してくれる。
疲れた心に「癒やし」という栄養を
朝の静かな時間。
湯気の向こうで、北原くんと美澄くんが笑っている。
その笑顔に、救われる。
彼らの世界を閉じたあと、私は息を整える。
現実の一日がまた始まる。
それでも、心の奥に残った“ひだまり”が、
今日を少しだけ軽くしてくれる。
今日も小さな養生を。
Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。