
ページいっぱいに並んだ、乱れた文字。
ため息と一緒にこぼれた言葉たちは、
誰かを責めるためでも、自分を責めるためでもなく、
“詰まっていた気”を流すためにある。
東洋医学では、感情を抑え込むと「気」が滞ると考える。
怒りも悲しみも、体の中の小さな渋滞。
それを動かす最も身近な方法が——「書く」ことだ。
愚痴で終わる日記でもいい。
それは、体の内側を整える静かな排出口。
愚痴で終わる日記でもいい——心の渋滞をほどく夜
仕事が思うように進まない日。
家の中の小さな不満が、胸の奥で静かに積もっていく。
誰も悪くないとわかっているのに、
すべてが自分の肩に乗っているように感じてしまう。
そんな夜、私は手帳をひらく。
ページには、滲んだインクで愚痴ばかりが並ぶ。
「どうして私ばかりがこんな目に遭うんだろう」
「どうして夫は、何度言ってもわかってくれないんだろう」
書いているうちに、筆圧が強くなり、文字がどんどん乱れていく。
ページを汚してしまったような気がして、ふと自己嫌悪が顔を出す。
でも最近は思う。
——それで、いい。
感情を押し殺すより、紙に吐き出すほうがずっと健康的だ。
東洋医学でいう「気」は、感情とともに流れている。
怒りも、悲しみも、抑え込んだ瞬間に行き場をなくし、
体のどこかに溜まってしまう。
イライラの奥にあるのは、未処理の「気」。
それが胸に詰まると、呼吸は浅くなり、喉に塊ができたような違和感を覚える。
これが、東洋医学でいう「気滞(きたい)」——心と体の渋滞。
だから、愚痴で終わる日記でもいい。
それは弱さではなく、滞った気を外へ流す立派な“排気口”。
インクが濃くなっていくのを見ながら、
心の中で少しずつ風が動き出すのを感じる。
書き終えるころには、ため息と一緒に、心の淀みが静かに抜けていく。
感情を抑え込むと、「気」は行き場をなくす
人に言えない不満を飲み込み続けると、
胸のあたりが詰まるような苦しさを感じることがある。
喉に小さな石が引っかかったようで、息を吸っても浅い。
東洋医学では、こうした状態を「気が滞っている」と考える。
気とは、体と心をめぐる“目に見えないエネルギー”。
それが詰まると、感情も体も重くなる。
イライラ、ため息、喉のつかえ。
どれも、気が行き場をなくしてあふれ出そうとしているサインだ。
だからこそ、無理に我慢しないほうがいい。
感情を抑え込むことは、水の流れを堰き止めるようなもの。
一時的には静かに見えても、奥では圧がかかり、やがて決壊してしまう。
ストレスを感じると、気の流れを整える臓である「肝(かん)」が緊張し、
気の巡りが悪くなる。
それが積み重なると、胸の張りや喉の違和感、
生理前のイライラや頭痛として現れてくる。
「最近、怒りっぽいな」と感じるとき、
それは心が弱っているのではなく、
体の中で渋滞が起きているサイン。
紙に書くこと、深呼吸すること、涙を流すこと。
どれも、気の通り道をつくる自然な排出口。
体が自分を守るために用意してくれた、やさしい仕組みなのだ。
書くという行為は、最も手軽な「気のデトックス」
手帳に愚痴を書くとき、ペン先は心の排水口になる。
頭の中で渦を巻いていた思考や感情が、インクとなって紙に流れ出ていく。
書いているうちに筆圧が強くなり、文字が乱れる。
でも、それでいい。
それは、止まっていた気が動き出した証拠。
東洋医学では、気の流れを整えることを「理気(りき)」という。
深呼吸したり、涙を流したりするのと同じように、
“出すことで整える”という自然な働きだ。
愚痴を文字にすることも、この理気の一つ。
ペンを持つ指先が、心の詰まりをほぐしてくれる。
乱れた文字こそ、心がデトックスしている証。
書き終えたあと、喉のつかえが少し軽くなっていれば、それで成功。
分析も、反省も、いらない。
ただ書いて、終わりでいい。
書くことは「気」を動かし、自分を取り戻す時間
感情を書き出すことは、
自分に戻るための静かな道のり。
誰かに見せるためではなく、
自分の中の“言葉にならない声”をすくい上げるために、
私は今日もペンを持つ。
書いているうちに、心の奥からぽつりと本音が顔を出す。
「本当はどうしたかったのか」
「どこで無理をしていたのか」
小さな気づきが、行間の呼吸のように現れてくる。
心が整理されるとは、
すべてが解決することではなく、
自分の中に風が通うこと。
詰まっていた気が流れ始めると、
体の奥にも静かな空洞ができ、そこに呼吸が入る。
その呼吸が、光を連れてくる。
書くことは、心の掃除。
涙やため息と同じ、自然な排出のひとつ。
紙にぶつけた言葉たちは、
やがて「よくここまで我慢したね」と寄り添う存在に変わっていく。
今日の小さな養生——呼吸と香りで「疏泄(そせつ)」を助ける
書くことで滞っていた気が流れたら、
あとは少しだけ、体の外からも風を通してあげよう。
むずかしいことは何もいらない。
“香り・呼吸・温かさ”を意識するだけでいい。
① 書き終えた後のため息
愚痴や怒りを一気に書き出したあとは、深くため息をひとつ。
それは体が自ら生み出す、天然の「理気薬」。
息を長く吐くだけで、内側の渋滞がすっと流れていく。
② 香りで気を流す
香りは、気の流れをいちばん早く整える。
柑橘やミント、ラベンダーの香りを吸い込むと、胸のあたりの重さがゆるむ。
ハンカチに一滴、机の隅にアロマストーン。
香りの分子が、体の中に風を起こしてくれる。
③ 温かいお茶で喉をゆるめる
喉の奥につかえを感じたら、冷たい水ではなく温かいお茶を。
ジャスミンやカモミール、柚子皮を浮かべてもいい。
香りと蒸気が、滞った気をやさしくほどいてくれる。
ページを閉じるとき、愚痴で埋まった文字が少しやさしく見える。
あの乱れた言葉たちは、あなたの中で出口を見つけた気の跡。
書いた分だけ、体の中に余白が生まれる。
その余白こそ、明日を迎える力。
書くことも、ため息も、香りも、
すべては“流す”ための小さな養生。
——今日も、小さな養生を。
🕊 脚注
- 気滞(きたい):気の流れが滞る状態。胸の張り、喉のつかえ、イライラなどが起こる。
- 理気(りき):気の巡りを整え、滞りを解消する働き。
- 疏泄(そせつ):肝のはたらきのひとつで、気を全身にのびやかに流すこと。

Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。