12.頭を使いすぎると“血”が足りなくなる——思考疲労と不眠・目の疲れの理由

12.頭を使いすぎると“血”が足りなくなる——思考疲労と不眠・目の疲れの理由

頭を使いすぎると“血”が減る仕組み——思考疲労は体の消耗

考えすぎてしまう日がある。
仕事のこと、家族のこと、将来のこと。
ひとつ考えたと思ったら、すぐ次の思考が波のように押し寄せてきて、
頭の奥がじんわり熱を帯びていく。

今日の手帳にも、こんなふうに書き残していた。

「今日は、新しくプロンプトを書いたので頭がすごく疲れた。」

在宅勤務になってから、
体力よりも“頭の消耗”のほうが激しくなった。
以前の職場でも頭は使っていたはずなのに、
今のように 脳をフル回転させる ような疲れ方とはどこか違う。

AIを動かすために考えて、まとめて、また考えて。
気を抜けば、思考は止まらず回り続ける。

この“止まらない思考”こそが、
東洋医学でいう 「血」を大量に消費する行為 になる。

血は、肌や髪だけじゃなく、
脳の働きそのものを支えるエネルギー。
考えるという行為そのものが、血を使う。

だから夕方になるほど頭が重くなる。
夜、布団に入っても思考が止まらず、
ひとりで何度も同じ考えを巡らせてしまう。

これは性格でも気のせいでもなく、
“血を使い果たした脳が、まだ動き続けている状態”。

今日のページに書いた言葉が、そのまま胸に残っている。

「とにかく頭を回転させるために、全身の血を脳に持っていかれる。」

この感覚はまさに、血の大量消耗そのもの。

血が足りないほど、脳はさらに動こうとする。
動けば動くほど、血はまた失われていく。
その悪循環の中で、心も体も静かにすり減っていく。

だから必要なのは、
気合いや根性ではなく、

“血を守るために、頭を使わない時間を意識的につくること”。

思考はエネルギー。
血は有限。
どちらも、無意識に削ってはいけない大切なもの。

仕事・人間関係・情報の洪水——脳が疲れ切る日

頭の中がずっとザワザワしている日がある。
静かな部屋にいても、思考だけが勝手に走り続けて、
脳の奥がじんわり熱を帯びていく。

在宅勤務になってから、
身体よりも “頭の疲れ” の比重が大きくなった。
家から一歩も出ていないのに、
夕方には体が重く、視界がぼやけるような日もある。

今日、手帳に書いた
「新しいプロンプトを書いたら頭がすごく疲れた」
というひと言は、まさに
現代特有の“脳の酷使”そのもの だった。

AIを動かすために考え続け、
オンライン会議は途切れず、
瞬間的な判断を求められるメッセージの応酬。
SNSやニュースは絶え間なく情報を押し寄せさせてくる。

気づかないうちに、
脳は休む間もなく処理を続けている。

そして、人間関係もオンラインになると
相手の温度が伝わりにくいぶん、
「大丈夫だったかな」「空気、悪くしてないよね」
と、思考がさらに深いところまで潜っていく。

この“止まらない思考”は、
東洋医学では 血を静かに消耗させる原因 とされている。

考えることは、血を使う行為。
だから脳が休まらない日は、

・目の奥がじんわり痛む
・頭が重くなる
・肩が固まる
・眠りが浅くなる

こうした症状が重なる。

ただの疲れじゃない。
血が追いつかなくなったサイン

情報の洪水の中で、
現代人は知らないうちに血を削り取られている。

頭を使いすぎた日ほど、血は静かに減っていく。
それがわかるだけで、
「今日は思考を止める時間をつくらなきゃ」
と、自然に自分を守る選択ができる。

思考は無限に広がるように見えて、
血は有限。
どちらを守るべきかは、
ちゃんと体のほうが知っている。

血の消耗が引き起こす身体サイン——目の疲れ・頭の重さ・不眠

思考を止めないまま一日を走り抜けると、
脳は静かに血を使い続けていく。

そして血が追いつかなくなったとき、
その不足は 必ず体のどこかに形となって現れる。

頭を使いすぎた日の不調は、
性格でも、気のせいでもなく、
ただ“血が足りなくなった結果”としてあらわれるもの。

そのサインは、いつもとても正直だ。

頭を使いすぎる日は、心より先に体のほうが先に反応する

夕方になると視界がぼやけて、
目の奥がじんわり痛む。
頭の表面が重くなり、
思考がまとまらないのに止まらない。

今日の手帳に書いた
“頭がすごく疲れた” の一行。
その裏側では、静かに“血の消耗”が進んでいた。

思考は血を使う。
そして血をいちばん消費するのは 脳と目

だから血が追いつかなくなると、
真っ先にこの二つに不調があらわれる。

▶ 目の疲れ・かすみ・焦点のズレ

長時間のパソコン、
AIの細かな調整、
細部まで集中する作業──

どれも 肝血(かんけつ) を大量に消耗する。

血が少なくなると、
目の潤いが保てず、視界が不安定になる。

・目の奥の痛み
・ピントが合いにくい
・光がまぶしく感じる
・まぶたのぴくつき
・ドライアイ

単なる疲労ではなく、
「肝血が足りていない」サイン。

夕方ほど症状が強くなるのも、
一日分の血を使い切っている から。

▶ 頭の重さ・締め付けるような疲労感

脳は、思考のために血を大量に必要とする。
だから考え続ける日ほど、
頭の表面が重くなり、
膜が張るような圧迫感が生まれる。

・夕方の頭の重だるさ
・頭皮が固い感覚
・めまいまではいかない“ふわっとした揺れ”
・こめかみの重さ

これらはどれも、脳が
「もう血が足りない」 と訴えている状態。

根性の問題じゃない。
ただの消耗。

▶ 夜になるほど思考が止まらない・眠れない

血は、心(しん)を落ち着かせる働きも持つ。

だから血が減ると、夜にその影響が強く出る。

・浅い眠り
・寝る直前まで思考が続く
・夢が多い
・何度も目が覚める
・胸のざわつき

これは精神的な弱さではなく、
“心を安定させる血が不足している” ことで起こる不眠。

夜になるほど不安が増す人は、
心の問題ではなく、
血が静かに足りていない日。

▶ “血が足りない”ときの身体サインまとめ

✔ 目の疲れ・ぼやけ
✔ 焦点が合わない
✔ まぶたがぴくつく
✔ 頭の重さ・圧迫感
✔ 浅い眠り
✔ 思考の暴走
✔ 夢が増える
✔ 夜のざわつき

これらが重なる日は、
血の不足=血虚(けっきょ)が進んでいる日。

今日の揺れを
「集中力がない」「気合が足りない」
と責めなくていい。

体はちゃんと理由があって、
「血が追いついていないよ」と教えてくれているだけ。

不調の正体がわかるだけで、
夜の心はすっと軽くなる。

思考が止まらない日は手帳に記録する──3つの視点で“思考の過剰”を見える化

頭を使いすぎた日は、
体の疲れよりも “脳が削れた感覚” のほうが強く残る。

考えたこと、処理した情報、抱え込んだ不安──
どれが原因なのかはその時にはわからなくても、
手帳に書くと静かに輪郭が出てくる。

“思考の過剰” を見える化すると、
不調が「性格」でも「気のせい」でもなく、
体のエネルギー=血の不足が招いた揺れだったことがわかる。

記録するのは、ただ3つだけ。
これだけで、今日の心と体のズレが言葉になる。

① 日中どれだけ頭を使い続けていたか(思考の消耗)

「考えすぎていたこと」を
ただ書き出すだけでいい。

・仕事のことでずっと頭がいっぱい
・人間関係の悩みがぐるぐる回る
・未来の不安から抜けられなかった
・AIの設定や文章作りで脳がフル回転していた

考えた内容ではなく、
“思考が止まらなかった時間” を記録する。

これが、血をどれだけ使っていたかの目安になる。

今日の手帳にも書いた
「新しいプロンプトを書いたら頭がすごく疲れた」
この一行は、まさに思考の過剰そのもの。

脳がオーバーヒートしていた証。

② 血の不足を示す身体サイン(からだの乾き)

思考の使いすぎは、
必ず身体のどこかにサインを残していく。

・目の奥が痛い
・焦点が合いにくい
・まぶたのピクピク
・夕方の頭の重さ
・頭皮が固い
・夜になると眠りが浅い
・夢ばかり見る

これらは、すべて“血”を使い切っている証拠。

「今日は疲れた」ではなく
「血が足りなかった日」 として記録することで、
自分を責める気持ちは自然と弱まっていく。

③ 血を守るために何をやったか(実践の記録)

血を補うだけじゃなくて、
“血をこれ以上失わないために何をしたか” を書く。

小さなことでいい。

・意識して目を閉じる時間を作った
・休憩中にスマホを見なかった
・散歩して思考を止めた
・温かいスープを飲んだ
・照明を少し落とした

その日の行動を一行だけ書くと、
「できなかった」ではなく「守れたもの」が見える。

これが次の不安にのまれない力になる。

▶ 3つを並べると、不調の正体が静かに浮かび上がる

・どれだけ考え続けたか
・血が足りなくなって出た身体サイン
・今日できた“小さな守り”

この3つを並べると、
心の不調が“自分のせいじゃない”ことがはっきりする。

あなたの心を揺らしていたのは、
気持ちでも性格でもなく、
ただ“血の消耗”だったということ。

手帳は、
その静かな事実を見せてくれる装置になる。

血の消耗を抑えるための養生──目を閉じる・光を落とす・温かいものを飲む

頭を使いすぎた日は、
がんばりすぎた心よりも、
“細かく削られた血” のほうが静かに疲れている。

だから必要なのは、気合いでも根性でもなく、
血をこれ以上減らさないための養生。

大げさなことはいらない。
今日のあなたができる、小さな3つだけでいい。

① 目を閉じる──脳への「静かな休憩」

スマホからの光、PC画面の集中、
視覚情報の処理はすべて“血の消耗”につながる。

だから、意識して
目を閉じる10秒 をつくる。

・仕事の切れ目
・家事の途中
・コーヒーを一口飲む前
・子どもの呼び声が一段落したタイミング

わずか10秒なのに、
頭の奥に張りついていた圧がふっとゆるむ。

血は、静けさの中で回復する。

② 光を落とす──過剰に働いた“心”を鎮める

思考の使いすぎは、
心(しん)の血を消耗しやすい。

夜の不眠、眠りの浅さ、夢ばかり見る──
このあたりは完全に“心血虚”のサイン。

だから、夕方以降は
光の量を落とすだけで十分な養生になる。

・キッチンの照明を少し暗くする
・デスクのライトを間接照明に切り替える
・寝る1時間前に画面の光を遠ざける

心の血は、暗さの中で整う。

明るさを落とすだけで、
寝つきが静かに変わり始める日もある。

③ 温かいものを飲む──血がめぐる温度を取り戻す

削れた血は冷えやすい。

だから、
温かい白湯、お茶、スープ のどれかを
“ゆっくり飲む”ことが大切。

一気飲みではなく、
「ひと口ずつ」 がいい。

血は温かさでゆるみ、
思考の過剰で張りつめた神経が
すこし静かにほどけていく。

今日の手帳にも
「温かいスープで落ち着いた」 と書いたけれど、
それこそが血の回復の最初の一歩。

▶ 小さな習慣が、血の消耗をゆっくり止めていく

・目を閉じる
・光を落とす
・温かいものをゆっくり飲む

どれも10秒や数分でできるのに、
血の無駄な消耗を確実に防いでくれる。

思考の暴走と、夜の不安と、
あの目の奥の痛み。

全部が一度に治らなくてもいい。
小さな習慣が積み重なるほど、
“思考で疲れ切った体” は静かに戻っていく。

今日の手帳に残したい小さな気づき

一日の終わりにページを眺めてみると、
今日の揺らぎには、ちゃんと理由があった。

ずっと頭を使い続けたこと。
情報を追いかけて、脳が休む隙をなくしていたこと。
目の奥が重く、思考が止まらなかったのも、
ただ “血が足りなかった日” だっただけ。

体が静かに伝えていたサインは、
こうして並べてみると、とても素直だ。

・夕方の目のかすみ
・頭の重さ
・深呼吸しづらさ
・夜の浅い眠り
・心がそわそわする感じ

どれも、気持ちの問題ではなくて、
考えすぎて消耗した血の声 だった。

だから今日は、責める日じゃない。
うまくやれなかった日でもない。

ただ、血を使いすぎた日。
そのことに気づけた自分を、そっと抱きとめておけばいい。

明日は、今日より少しだけ
思考を休ませる時間をつくればいい。

今日も小さな養生を。



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Wrote this article この記事を書いた人

ミカ

手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。

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