09:40代の胸のつかえは“気の滞り”かもしれない|手帳でわかる気の巡りと不調のサイン

09:40代の胸のつかえは“気の滞り”かもしれない|手帳でわかる気の巡りと不調のサイン

今日の胸のつかえ感──最初の違和感を手帳でつかまえる

朝、布団から起き上がった瞬間から、胸の真ん中にそっと小石を置かれたような重さがあった。
息を吸っているつもりなのに、吸い込んだ空気がどこかで止まってしまう。胸の奥の“深いところ”まで届かない感じ。呼吸はできているのに、呼吸にならない。

苦しいわけじゃない。
でも、ふわっと固まったような部分が胸の中心に居座り、そこから一日が始まった。

午前中の仕事はこなした。
メールも返したし、最低限の作業は進んだ。
でもその裏側では、元気度が 2/10 くらいのまま動いていた。

頭は少しぼんやりして、
いつもならすっと入る文章も、今日はゆっくりゆっくり読まないと理解できない。
体は動いているのに、心だけがどこか置いてきぼりになっているような違和感。

そんなふうにして夕方を迎えた頃、
キッチンに立つ私の横で、夫がソファに座ってスマホをいじっていた。

「悪気がないのはわかってる」
心のどこかでそう思っているのに、今日はその“当たり前の光景”が胸に突き刺さった。

「なんで私ばっかり動いてるんだろう」
「ほんの少しでいいから、手を貸してほしいのに」

その瞬間、胸の中心がギュッと固まった。
言いたい言葉を飲み込んだだけで、重さが一気に 7/10 に跳ね上がった気がした。

深呼吸が浅くなる。
ため息ばかりが増えていく。
胸の真ん中に“動かない塊”がひとつ生まれてしまったような感覚。

――でも、これって性格の問題じゃない。

東洋医学では、こうした胸の重さは “気が巡らず滞るサイン=気滞(きたい)” と考えられている。
我慢した気持ち。
飲み込んだ言葉。
小さなストレス。
それらが胸のあたりで渋滞をつくり、呼吸の深さを奪っていく。

手帳に今日の体調を数行だけ書いてみた。

・胸のつかえ:7/10
・元気度:2/10
・ため息:数えきれない
・言えなかった言葉:あり

ただ数字にしただけなのに、ふっと理解できた。

「胸が苦しいのは、弱いからじゃない。
 ただ、気が動けなくなっていただけなんだ」と。

手帳は、心と体の“微細な変化”をつかまえる場所。
今日の胸のつかえは、気が止まってしまった入口のサイン。
気づけた自分を、そっと抱きしめておきたい。

気の波を数値で見える化する──元気度2/10と胸のつかえ7/10の意味

胸のつかえが強い日は、ただ「しんどい」で済ませたくない気持ちがある。
なぜこんなに重いのか、なぜ今日だけ呼吸が浅いのか──その理由が知りたくて、私は手帳に“数字”をつけて記録している。

数字は、心と体の小さなゆらぎを、誰よりも正直に映し出してくれるから。

今日、私が手帳に書いたのはこんな記録だった。

・元気度:2/10
・胸のつかえ:7/10
・ため息:10回以上
・集中力:低い

このたった数行だけで、今日の体調の輪郭がふっと浮かび上がる。

元気度が 2/10 という数字は、“気が足りない状態=気虚(ききょ)”を示すサイン。
胸のつかえ 7/10 は、“気の巡りが悪く詰まりやすい状態=気滞(きたい)”の強さを示している。

つまり今日は、
「気虚 × 気滞」 のダブルパンチの日だったということ。

ただの疲れや、ただの気分の落ち込みではない。
“気の量”も“気の流れ”も弱っているから、心も体も動きにくくなっていた──そう理解できた瞬間、胸の重さを責める気持ちがすっと薄れた。

数値化のいいところは、ほんの少し視点を外側に移してくれる点だ。
自分を責める視点から、自分を観察する視点へと、そっと切り替えてくれる。

たとえば元気度が低い日は、
・朝起きるのに時間がかかる
・段取りが浮かばない
・体が重い
そんな行動の変化が出る。

胸のつかえが強い日は、
・息が入りにくい
・喉に何かが引っかかる
・気持ちが晴れない
・ため息が増える
こうした“停滞のサイン”が体に現れる。

どれも性格の問題ではない。
ただ、気が弱り、流れが止まっているだけ。

そして数字は、未来の自分のためのヒントにもなる。

胸のつかえが強い日を一覧で見返すと、
そこにはいくつかの共通点があった。

・家事に追われていた日
・言いたいことを飲み込んだ日
・外の空気を吸えなかった日
・仕事で緊張が続いた日

逆に、胸のつかえが小さかった日の記録を見ると、
・散歩に出た
・深呼吸ができた
・家の空気が明るかった
・少し笑えた
そんな“気が動いた瞬間”がしっかり残っていた。

数字は冷たく見えるけれど、本当はとても優しい。
「今日は頑張る日じゃないよ」
「ちょっと休もうね」
そうやって、そっと教えてくれる。

手帳に記録することは、不調を責めるためではなく、
自分を守るための地図をつくる作業なのだと思う。

“気が詰まる日”の共通点──家事・言えない言葉・噛み合わない会話

胸のつかえが強い日には、はっきりとした“ひとつの原因”があるわけじゃない。
むしろ、小さな出来事が静かに積み重なって、気の流れを押しつぶしていく。
今日の私は、その典型だった。

朝からどこか焦りがあった。
仕事を終えたあと、家に戻ればそこからまた別の仕事が始まる。
夕飯の支度、洗濯物、子どもの準備。
一度座ろうとすると、まだやることが目に入ってくる。

「終わらないな…」
「なんで今日こんなに多いんだろう」

タスクが波のように押し寄せて、気持ちは息をする余裕さえ奪われていく。
家事は嫌いじゃないのに、“終わらない”という感覚が、胸の真ん中にゆっくりと重さを積んでいく。

そこへ追い打ちをかけるように、
キッチンで動き続ける私の横で、夫がソファに座ったままスマホをいじっていた。

普段なら何とも思わない光景なのに、今日はその“変わらない日常”が胸にひっかかった。

「少しでいいから手伝ってくれたら…」
「ひと言でもいいから声をかけてほしい」

心の奥で、そんな気持ちがふわっと立ち上がる。
でも、喉のところで言葉がつまる。
声にしようとすると、胸の真ん中がさらに固まる。

言えなかったひと言が、胸の奥に沈んでいく。
重さが増えていく。

東洋医学では、こうした“飲み込んだ気持ち”が胸の中心に留まる状態を 気滞(きたい) と呼ぶ。
怒りでも悲しみでもなく、ただ処理されなかった思いが、体の中にとどまってしまう現象だ。

家事が終わらない焦り。
分かってほしいのに伝えられないもどかしさ。
「言わなきゃ」が「言えない」に変わる瞬間。

これらが積み重なると、気の流れは一気に鈍くなる。
深呼吸は浅くなり、胸の真ん中に“石のような固まり”ができてしまう。

さらに、気が詰まる日にはいくつかの共通点がある。

・休む隙間がない
・タスクがつづく
・心の余裕が奪われる
・会話がかみ合わない
・ため息が増える
・呼吸が浅くなる

こうした小さなサインは、どれも気の流れを止める要因になる。

でも、いちばん大きいのは「言えなかった言葉」だと思う。
「手伝って」「もう少しだけ見ててほしい」「しんどいんだよ」
そのひと言を飲み込むたびに、胸の固まりはひとつ増える。

だからといって、無理に言葉にする必要もない。
言えなかった日には、手帳にそっと“言えなかった言葉”を書くだけでもいい。
それだけで、胸につまった気は少しずつ動き出す。

手帳は、気が止まった場所を教えてくれる“地図”のようなもの。
今日の胸の重さは、弱さじゃなくて、ただ気が動けなかっただけ。
そう気づくと、少しだけ心の奥が温かくなる。

気が巡りはじめた瞬間──空気がゆるむと胸が軽くなる理由

胸のつかえが強い日は、夕方になってもその重さが消えないことが多い。
今日も、胸の真ん中にできてしまった“固まり”は、ずっと動かずに居座っていた。
息を吸うたびに、そこで空気が止まってしまうような感じ。
そのまま夜まで続くんだろうな…と、なんとなく覚悟していた。

でも、不思議なことに、
胸の重さには“ふっと軽くなる瞬間”がある。

ほんの一瞬。
大きな変化ではなく、本当にささやかな揺らぎ。
けれど、確かに気が動き出す瞬間でもある。

今日の場合、それは夜の少し前だった。

キッチンを片づけながら、リビングへ視線を向けると、
夫がふと柔らかい顔をしていた。
スマホを置いて、何か思い出したように笑って、
それが部屋全体にふわっと広がっていった。

ほんのわずかな空気の変化。
でもその瞬間、胸の真ん中にあった固まりがすこし溶けた。

「なんでだろう?」
すぐに気づいた。

“ひとりで抱え込む空気”から、ほんの少しだけ解放されたからだ。

人の気は、空気の変化にとても敏感だ。
照明の明るさ、声のトーン、温度、しずけさ。
そうしたわずかな環境の揺らぎで、
胸にたまっていた気が、少しだけ動き出す。

まるで、凍っていた水面の端が先にゆるむように、
胸の固まりの輪郭がすこしずつ溶けていく。

そのとき感じた変化は、こんなに小さなものだった。

・ため息が一つ減った
・胸の圧迫感が少し薄れた
・呼吸がスムーズに入った
・気持ちのトゲが丸くなった

ほんのこれだけ。
でも、この“小さな変化”がとても大事。

気が巡りはじめるのは、
大きなガラッとした変化が起きたときではなく、
こうした“微細な安心”を感じる瞬間なのだと思う。

東洋医学では、気は「怒り」や「悲しみ」では動かしにくいとされている。
その代わり、
・ほっとした空気
・安心できる空間
・柔らかい表情
・静かな余白
こうした穏やかな刺激の中でゆっくり動き出す。

今日の胸のつかえは、夜になって 7/10 → 5/10 へ。
たった“2の差”なのに、呼吸がふっと楽になった。

完全ではなくても、
気が少し動いたという事実が、心を支えてくれる。
「大丈夫、ちゃんと動いてる」
そんな小さな確信になっていく。

手帳にその変化を書き留めておくと、
未来の自分が「どんなときに気が巡りやすいのか」を読み取れる。
気が動く瞬間を言葉にしておくこと自体が、
胸の重さをほどくひとつの養生になる。

手帳でわかる“気の波”──今日のまとめと明日の養生メモ

胸のつかえも、ため息の多さも、
言えなかったひと言の苦しさも。
一日の終わりに手帳へそっと並べてみると、
それらがすべて“気の波の動き”として浮かび上がる。

今日のページには、こんな記録が残った。

・元気度:2/10
・胸のつかえ:7/10(夜は5/10まで軽減)
・ため息:数えきれないほど
・家事のキャパオーバー
・夫に言えなかった言葉:2つ
・空気が少し軽くなった瞬間あり

たった数行なのに、
今日が 気虚(気が足りない)× 気滞(気が巡らない) の日だったと、
はっきり読み取れる。

こうして書いてみると、不調の根っこはいつも曖昧なようでいて、
数字や言葉で“見える化”すると途端に輪郭が現れる。
「なんとなくしんどい」ではなく、
“気が弱っていた”
“気が止まっていた”
という“状態”として理解できる。

状態なら、整えればいいだけ。
弱さでも怠けでも、性格の問題でもない。

40代に入ると、
昨日まで何でもなかったことが今日は重く感じたり、
ある日はすっと軽くこなせたりする。

その波こそが“気の波”。
人の気は、天気と同じように揺れ動くものだ。
晴れる日もあれば、曇る日もある。
だから、落ち込む必要なんてどこにもない。

手帳に書き残した今日の数行は、
未来の自分が“気のクセ”を読み解くための小さな地図になる。

胸がつかえやすい日は、
・家事が多い
・会話がかみ合わない
・言えない気持ちがたまる
・深呼吸が浅い
そんな“渋滞ポイント”が重なりやすい。

逆に、胸が軽かった日は、
・外の空気を吸えた
・少し笑った
・家の空気が明るかった
・深呼吸が通った
そんな“気が動いた瞬間”が必ずある。

手帳にその“瞬間”を書き留めておくことは、
自分自身の気の動きを理解する一番シンプルな方法だと思う。

そして、明日のページの隅に、そっと書いておきたい。

「深呼吸をひとつ。気が通る道をつくる。」

気は、安心で動き、余白で巡る。
今日の重さは今日のだけ。
明日は、違う波が来る。

今日も小さな養生を。



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Wrote this article この記事を書いた人

ミカ

手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。

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