自分の場所は誰かが用意してくれるものだと思っていた
会社に入ったとき、私はどこかで思っていた。
努力して、成果を出して、ちゃんと考えていれば、
自然と自分の居場所はできていくものだと。
会議では意見を求められ、
「そうですよね」と頷かれる。
けれど、いつの間にか気づいた。
その「そうですよね」には、重みがない。
刺さっていない。
議論にもならない。
空気は変わらない。
結論は、すでに決まっている。
私はその方向に“同調する役割”を期待されている。
発言しても、議題は滑るように元の流れへ戻っていく。
別の誰かが同じことを少し言い換えて言うと、
それは「良いアイデア」になる。
男性、女性という分け方は好きじゃない。
けれど、女性が私一人という場で、
私の視点はいつも“少し異質”だった。
異質であること自体は悪くない。
でも、その異質さが議論を動かさないとき、
私はそこに必要とされていないのだと感じた。
やがて、会議でほとんど発言しなくなった。
怒りというより、諦めに近い。
何を言っても変わらないなら、
消耗しないほうを選ぶ。
その選択をしたとき、
私は「居場所を失った」のではなく、
自分から手放したのかもしれない。
会社で居場所を失った日、私の中で起きたこと
発言が届かなくなったころから、
一番変わったのは、仕事への熱だった。
それまで私は、仕事を最優先にしてきた。
子どもの予定より先に会議を確認し、
家族の予定を調整してでも、
仕事のチャンスは取りにいった。
女性の働き方を変えたい。
子育てしながらでも、心がすり減らない働き方を広げたい。
その未来を、本気で追っていた。
けれど、会議で意見が滑り、
方向性が静かにズレていくたびに、
胸の奥の熱が、少しずつ冷えていった。
怒りではない。
悲しみでもない。
「ああ、ここではもう違うんだ」
という、静かな諦め。
そして私は、
仕事の優先順位を下げた。
シフトはプライベートを先に入れる。
休みをためらわずに取る。
会議の前に、心を整えることを優先する。
外から見れば、
バランスを取れているように見えるかもしれない。
でも本当は、
それは“守り”だった。
全力でぶつからないことで、
これ以上、自分を削らないようにした。
居場所を失ったのは、
あの日の会議じゃない。
熱が冷めた瞬間だ。
仕事が人生の中心ではなくなったとき、
私は初めて、自分がどれほどそこに賭けていたかを知った。
「やりたいことがない」は嘘じゃない。でも誤解だった
手帳に何度も書いた。
「私のやりたい事は、もうこの会社にはない」
最初は、
自分が枯れたのだと思った。
情熱がなくなった。
やりたいことが見つからない。
年齢のせいかもしれない。
でも違った。
やりたいことがないのではなく、
やりたいことが、そこにはなかっただけだった。
他人が決めた方向に、
他人が描いた未来に、
同調し続けることはできる。
けれど、それをずっとやり続けられるほど、
私は器用ではなかった。
やりたいことが仕事の延長線上にあれば、
きっと私は走れる。
でも、
「これをやって」と渡されたものを、
疑問を飲み込んだまま続けることは、
私にはできなかった。
それを認めたとき、
少しだけ楽になった。
自分の場所は“外側”に作っていい
私はようやく思えた。
仕事はひとつじゃない。
会社もひとつじゃない。
そして、
居場所も、会社の中にしかないわけじゃない。
ブログで言葉を書く時間。
手帳に本音を残す時間。
自分の視点を発信すること。
そこには、
誰かの同調はいらない。
「そうですよね」と軽く流されることもない。
読んだ人が静かにうなずく。
それだけでいい。
自分の場所は、
席を用意してもらうものじゃなかった。
自分で線を引いて、
ここが私の立つ場所だと決めることだった。
自分の場所は自分で作る
もし今、会社で居場所がないと感じているなら。
まず、問い直してほしい。
あなたは「認められたい」のか。
それとも「やりたいことをやりたい」のか。
認められたいなら、
場所を変えるか、戦い方を変える。
やりたいことをやりたいなら、
会社の外に、小さな拠点を作る。
副業でもいい。
発信でもいい。
学び直しでもいい。
いきなり辞めなくていい。
でも、
軸を一本、外に持つ。
それだけで、人は折れにくくなる。
仕事を無理して続ける必要はない。
仕事はたくさんある。
でも、
あなたの人生はひとつ。
他人の期待を満たし続けることが
あなたの役割じゃない。
自分の場所は、自分で作る。
それは、
わがままではなく、責任だ。
自分の場所は自分で作る|それはわがままじゃない
居場所がないと感じるとき、
人はつい、自分を疑う。
私の伝え方が悪いのかもしれない。
もう少し我慢すればいいのかもしれない。
もっと空気を読めばいいのかもしれない。
でも、本当にそうだろうか。
発言が拾われない場所で、
熱が冷えていく自分を責め続ける必要はない。
居場所は、
与えられるものではない。
「ここに立つ」と決めることだ。
会社の中で作れないなら、
外に作ればいい。
小さくていい。
まだ収入にならなくてもいい。
不安でもいい。
でも、自分の軸を一本持つ。
それは逃げではない。
むしろ、自分の人生を引き受けるということ。
仕事なんて、いくらでもある。
けれど、
あなたの感覚や視点は、あなたにしかない。
同調を求められる場所で
自分を削り続けるより、
自分の言葉が届く場所を、
自分で育てたほうがいい。
自分の場所は、自分で作る。
それはわがままじゃない。
覚悟だ。
今日も小さな養生を。
