子どもの習い事、どうして私だけ?|送迎と付き添いの“名もない負担”を抱えた日

子どもの習い事、どうして私だけ?|送迎と付き添いの“名もない負担”を抱えた日

夫と行ったランチでこぼれた“辛さ”

今日は夫と、いつものおそば屋さんへランチに行った。
久しぶりにふたりで外に出たのに、心はどこか重かった。

仕事で悩み続けている。
平日で削られた疲れが、週末にはもう限界まで水位が上がっている。
それなのに、土日はバスケットの付き添いや送迎でほとんど埋まってしまう。

“休み”が休みとして機能しないまま、
ただ流されるように日々が過ぎていく。
自分の中のどこかが、ついに悲鳴をあげていたのだと思う。

おそばを待つ間、夫が何気なく
「最近どう?」
と聞いてくれたとき。

胸の奥に最初に浮かんだ言葉は、驚くほどシンプルだった。

「……辛い。」

怒りでも、苛立ちでもない。
ただ、静かに苦しい。
そのひと言が、ようやく自分の本音だった。

バスケットの付き添いは、ずっと私の仕事だった。
息子が好きで続けていることだし、サポートするのは当然だと思っていた。
でも、平日の疲れをそのまま抱えたまま、
土日まで張りつめる生活が続くと、
心の柔らかい部分がすり減っていく。

身体に痛みが出たわけじゃない。
でも、心の奥の薄い膜みたいな場所が、
そっと傷ついているのが分かった。

それでも夫に話したことで、
張りつめていた空気にふっと風が通った。

「つらいなら、無理に続けなくていいよ。」

その言葉が意外なほど胸に届いた。
息子はバスケットに“人生”をかけているわけじゃない。
楽しいから通っているだけで、
もし辞めたとしても、何かが失われるわけではない。

そう思えた瞬間、
私の肩に積もっていた“見えない荷物”が少し軽くなった。

でも、すべてを割り切れるわけじゃない。
40代の暮らしは、
「やるべきこと」と「誰かのためにやってきたこと」が
複雑に絡み合っている。

それでも今日は、弱音を吐けた。
それだけで、少し呼吸がしやすくなった気がする。

習い事の送迎、どうして私ばかり?

バスケットの付き添いと送迎は、いつの間にか“私の役目”になっていた。
夫が悪いわけじゃない。
最初からそういう流れで、気づけば定位置みたいになっただけ。

でも——
「なんで私ばかりなんだろう」
その気持ちは、どうしても消えなかった。

他の家庭では、パパが1日中試合に付き添い、子どものプレーを優しく見守っている姿をよく見かける。
その光景が胸に刺さる。

うらやましい、という言葉よりも少し深い。
「我が家には、そんな未来はないんだな」
その“事実”が静かに胸に落ちたときの痛みに近い。

もちろん、比べたくて比べているわけじゃない。
でも、同じ体育館に立っていると、どうしても見えてしまう。
同じ場所にいて、同じ時間を過ごしているのに、
家庭によって“かけられるサポートの形”が全然違うこと。

うちは共働きだ。
なのに、付き添いも送り迎えも、準備も連絡も、全部私。
気づけば、私の休日は「息子のための時間」にすべて吸い込まれていく。

自分が選んだことだし、
息子のことは本気で大切だし、
応援したい気持ちはちゃんとある。

でも、母だって人間だ。
「私ばかり」という気持ちが積み重なると、
誰にぶつけることもできないまま、
心の内側だけがじんわり傷ついていく。

その痛みは、身体には出ていない。
だけど、心の奥の薄い皮膚みたいな場所に、
小さな亀裂が走るような感覚があった。

——ずっと抱えてきた違和感が、
この日、ようやく言葉になった。

「なんでいつも私なんだろう」

誰も悪くないのに、
自分だけが取り残されたような寂しさ。

40代になって、
“名もない負担”に心がついていけない日もある。
家族のかたちって、きれいごとじゃなくて、
こういう小さな歪みの上に立っているのかもしれない。

その歪みを今日、やっと見つめられた気がした。

他の家庭と比べたくないけれど、胸がふっと揺れた瞬間

体育館で息子の試合を眺めていると、
ふと横のコートに目が止まった。

そこでは、父親が1日じゅう子どものそばにいて、
試合が終わるたびに肩に手を置き、
小さく声をかけていた。

その姿を見た瞬間、
胸の奥でふわりと何かが動いた。

比べようとして見たわけじゃない。
むしろ、そんなつもりはまったくなかった。
でも、視界に入ったその光景は、
静かな湖面に石を落としたように、
心に小さな波紋を広げていった。

「ああ、いいな。」

それは、
うらやましいという強い感情ではなく、
ため息のように自然にこぼれた、
ごく小さなひと言。

私の家庭では、
こういう風景はきっと生まれない。
夫が悪いわけじゃない。
家族の形には、それぞれ事情がある。

でも、
“絶対に起こらない未来”を
まじまじと目にしたとき、
胸の奥のどこかがそっときしんだ。

そのきしみは、
誰かを責めたいとか、
自分がかわいそうだとか、
そういう方向へ行くものではない。

ただ、
私の中に隠れていた
「ほんの少しでいいから、支えてほしい」
という願いが、
他の家庭の姿に照らされて
一瞬、形を帯びた——
それだけのこと。

だけどその“だけ”が、
意外なほど胸に響いた。

比べたくないのに比べてしまうのは、
心のどこかに、
まだ満たされていない想いがあったという証。

そのことに気づけただけで、
今日の私の心は、
少しだけ軽くなった気がした。

私に積み重なっていた“見えない負担”

今日のランチで「辛い」と口にしたとき、
その言葉の奥には、
ずっと自分でも気づかないふりをしてきた
“見えない負担”がたくさん積もっていたんだと思う。

平日の仕事は、ずっと悩みながら続けてきた。
やるべきことは終わらないし、
在宅だからこそ境界線も曖昧で、
気持ちを切り替える余裕がなかった。

そこに、息子のバスケットの送迎。
週末はいつも予定が埋まり、
時間も気力も、私だけが削られていく感覚。

誰も「やって」と言ったわけじゃない。
「私がやるしかない」
そう思ってしまうのは、
たぶん、長年の習慣みたいなものだ。

でも、家族の役割って、
気づかないうちに固定化されてしまう。

気づけば
“休日がまるごと誰かのための時間になっている”
そんな状態が、当たり前になっていた。

その積み重ねは、
大きな疲労というより、
心に薄く薄く積もる雪のようなもの。

最初は重さなんて感じない。
でも、ある日ふと
「なんで私ばかり?」
というつぶやきが漏れたとき、
その雪が自分の重さに変わる。

今日、それが一気に可視化された。

——私、ずっと頑張りすぎていたんだ。

心のどこかで傷ついていて、
それを誰にも言えずに抱えていて、
いつの間にか疲れの底が見えなくなっていた。

だからこそ、
「辞めてもいいよ」と言われたとき、
胸の奥にずっと張りつめていたものが
そっとほどけていくのを感じた。

“やめる・やめない”の話じゃなくて、
私が抱えこんできた重さに
気づいてくれた人がいる
——その事実が救いだった。

家族の役割をひとりで背負い続けてきた時間も、
誰も責めず飲み込んできた気持ちも、
その一言で少しだけ報われた。

そう考えたら、
私が背負っていた荷物は、
ほんとうはもっと軽く扱ってよかったんだ。

40代になって、
心も体も、強く見えて脆くなっていく。
だからこそ、
“見えない負担”に気づけることは
自分を守るためのひとつの力だと思う。

そして今日、
私はようやくその力を使えた。

それでも今日をやさしく終えるために

今日は、心の奥に溜めこんでいたものが
ひとつ、またひとつ、言葉になっていった日だった。

「辛い」と口にしたこと。
「私ばかり」と気づいたこと。
ふと他の家庭を見て、
胸が揺れた自分を責めずに受け止められたこと。

どれも小さな出来事に見えるかもしれない。
でも、この“気づきの積み重ね”が、
40代の私を支えてくれているのだと思う。

夫が言ってくれた
「辞めてもいいよ」という一言も、
ただの選択肢ではなかった。

私の心の重さに気づき、
そのままの私を肯定してくれたような、
そんな静かな優しさだった。

家族のかたちはそれぞれ違う。
役割も、距離感も、
すべてが均等に分けられるわけでもない。

それでも——
気持ちを抱え込んだまま無理をし続けるのではなく、
今日のように、
自分が揺れた瞬間をきちんと拾い上げていけたら、
少しずつ、生きやすくなる気がする。

夜になり、
手帳を開いて今日のことを書きながら、
胸の奥のざわつきが
静かにしずんでいくのを感じていた。

誰かに理解してもらえること。
弱さを見せられる場所があること。
それは、心にとっての栄養みたいなものだ。

完璧じゃなくていい。
全部背負わなくていい。
そんなふうに自分へ言い聞かせながら
今日をそっと閉じた。

今日も小さな養生を。



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Wrote this article この記事を書いた人

ミカ

手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。

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