
天気で体調が崩れるのは普通のこと
朝、カーテンを開けても光が入ってこない日。
空は低く垂れこめ、湿った空気が部屋の中まで重く降りてくる。
頭の奥で、鈍く響くような痛みがゆっくりと広がっていく。

頭痛は 2/10。
気力は 3/10。
気分の沈みは 4/10。
※1/10が辛い⇔10/10が快調
数字にしてみると、
「がんばれば動けるのに、心と体が追いつかない」
そんな微妙なグレーが浮かび上がる。
これ、気のせいではなくて、
気圧の変化で自律神経が揺さぶられる“気象病”の典型的なサイン。
低気圧が近づくと、体の血管が広がって
脳の血流が変動し、頭痛やだるさが起こりやすくなる。
そして40代は、自律神経の調整力が少しずつ落ち始める時期だから、
晴れた日の自分とは、まるで別の身体になってしまうことがある。
決して弱いわけじゃない。
怠けているわけでもない。
ただ、
体が天気に影響を受けやすくなっただけ。
それは、誰の中にも起こる、自然な現象。
だから、つらい日は「頑張りが足りない」のではなく、
今日の身体は、静かに休むほうへ傾いているだけ。
無理に元気を作る必要なんて、どこにもない。
「天気で体調が崩れるのは普通のこと」
その一言を知るだけで、
少しだけ呼吸が深くなる気がする。
気圧の変化と40代の体が揺らぎやすい理由
頭の奥が、じわりと重く沈んでいく。
肩にも、湿った砂袋をのせられたような感覚。
動けなくはないのに、ひとつひとつの動作に
小さな溜息がこぼれる。
こんな日の身体は、
まるで自分のものじゃないみたいだ。
でもそれは、ただ弱っているわけじゃなくて
気圧の波に体が必死に順応しようとしているサイン。
低気圧が近づくと、
空気中の酸素が少し薄くなり、
血管が広がって脳の血流バランスが乱れる。
その変化を調整しているのが 自律神経。
けれど40代に入ると、
女性ホルモンの変動がはじまり、
この自律神経の働きが揺らぎやすくなる。
だから——
天気が悪い日に頭痛や肩の重さを感じるのは、
体がちゃんと状況に反応している証拠。
「気象病」や「天気痛」と呼ばれ、
同じように悩む人はとても多い。
特に生理前や疲れが溜まっている日は、
その揺らぎが如実に表れることがある。
何かが“壊れてしまった”わけではない。
サボっているわけでも、弱いわけでもない。
ただ、今の身体は調整が追いつかなくなって、
ゆっくりしたリズムを求めているだけ。
だから、苦しい日は休んでいい。
肩の力を抜いて、
深く息を吸うだけでも、
すこしずつ血の巡りは戻りはじめる。
身体は、ちゃんと生きている。
その声を聞き取れる自分は、
きっともう大丈夫。
だるさ・頭痛・気分の落ち込みは、体が送るサイン
無理しないで。
今日は、そんな言葉を、
そっと自分に向けたくなる日だった。
頭の奥が静かに痛んで、
肩に重たい布をかけられたように力が入らない。
どこかで「やらなきゃ」と思いながら、
体の中では別の声が静かにささやいていた。
——今日は、ゆっくりしてほしい。
天気が悪い日は、気圧の変化で
自律神経のバランスが揺らぎやすい。
その影響は、頭痛や肩こりだけじゃなく、
気分の落ち込みや集中できない感覚になって現れる。
医学的にも、低気圧が近づくと
交感神経と副交感神経の切り替えがうまくいかなくなり、
血管の拡張や脳の血流の変動が起きるとされている。
身体は外の気圧を全身で受け止めて、
必死に調整しようとしているのだ。
だから、だるさや沈む気分は
「弱さ」じゃなくて、
体からのSOS、そして調整のための重要な反応。
特に40代になると、
女性ホルモンの揺らぎが重なり、
自律神経の調整力が落ちやすくなる。
昨日まで平気だったことが急につらくなったり、
理由もないのに気分が沈んだりする。
その変化を、
努力や気合だけで乗り越えようとすると、
身体はさらに負担を抱え込んでしまう。
だからこそ、
症状を感じた瞬間に立ち止まることが大事。
・深く息を吐く
・肩に力が入っていないか確かめる
・温かい飲み物をゆっくり飲む
・香りで呼吸を深める
・手帳に今の体感を書き出す
それだけでも、
張りつめた自律神経は少しずつ緩んでいく。
もし今日、何もできなかったとしても、
それは失敗じゃない。
「休む」という行為そのものが、
体を守るための立派な選択だから。
誰かのためじゃなく、
未来の自分を守るために、
今日はただ、静かに生きていい。
天気に勝とうとしなくていい。
重たい体に寄り添うことこそ、
いちばんの養生なのだから。
今日できる小さな対処(気の巡りを整える)
湯気の向こうに、黒豆茶のやわらかな香りが漂う。
深く息を吸い込むと、肩に入っていた力が
すこしだけほどけていくのがわかる。
こうして温かい飲み物を口にすることは、
低気圧で乱れた自律神経を落ち着かせる
とても効果的なセルフケアのひとつ。
天気で頭痛やだるさを感じる日は、
難しいことをしなくていい。
身体が欲しているのは、
たとえばこんな“小さな対処”だけ。
温める
冷えは血流を滞らせ、頭痛を悪化させる。
首もとを温めたり、肩に小さなカイロを貼って
血の巡りを助けてあげるだけでも楽になる。
呼吸を深くする
気圧で浅くなりがちな呼吸。
黒豆茶の香りと一緒に、
「4秒吸って、6秒吐く」を意識してみる。
脳へ酸素が届き、自律神経が整いはじめる。
香りを味方にする
柑橘系やミントなど、少し気持ちを上向ける香りは
“気の巡り”を助けてくれる。
カフェインを控える
血管を収縮させてしまい
頭痛を悪化させることがあるため、
今日の選択は黒豆茶で正解。
光を浴びる
曇りの日でも、窓辺の光には自律神経を整える力がある。
白い空でも、ちゃんと身体に届いてくれる。
手帳で自分の状態を可視化する
数字で「いま」を言葉にすると、
自分を責める気持ちがほどけていく。
今日の頭痛が2/10でも、
“つらさを感じていた自分”が、ちゃんとそこにいる。
何か特別なことをしなくてもいい。
ただ、今日の気圧に合わせて暮らすだけでいい。
自然のリズムに寄り添うことは、
体を守るいちばん優しい選択だから。
苦しい日は、
頑張れない自分を肯定する日でもある。
体調に寄り添うということは、
未来の自分を守る行為なのだと思う。
温かい黒豆茶が冷めないうちに、
深くひと息。
今日を、静かに進めばいい。
手帳に書くと心が落ち着く理由
手帳にペンを走らせる時間。
そこに特別な言葉はなくていい。
派手な出来事や、人に語れるような綺麗な言葉もいらない。
ただ、
「頭痛 2/10」
「気力 3/10」
「気分の沈み 4/10」
数字と、今の体感をそのまま置いていく。
それだけの作業なのに、
胸の奥のざわざわが、少しずつ静まっていく。
書いてもすぐに元気になるわけじゃないし、
体調が魔法のように良くなるわけでもない。
でも、
自分の体調を“見える化”することで、
心の中の混乱がひとつの形に収まっていく。
曖昧で掴めなかった感覚が、
言葉や数字として外側に置かれた瞬間、
自分と少し距離を取ることができる。
その距離こそが、
私たちの心を落ち着かせる余白になる。
苦しいのは体なのか、心なのか。
やれるのに動けないのか、
それとも本当に休むべきなのか。
手帳に書くことで、
その境界線が見えてくる。
「頭痛 2/10」と書いたことで、
自分を責める気持ちがほどける。
「できない」じゃなくて、
“体がつらかっただけ”と理解できるから。
数字は、感情を整理するための
静かな地図のようなものだ。
誰のためでもなく、
自分のために書く小さな記録。
それがあるだけで、
焦りの輪郭がなめらかになっていく。
だから私は、
書いて落ち着くのだと思う。
回復させるためじゃなく、
前向きになるためでもなく、
ただ、
「いまの私をそのままここに置くために」。
手帳は、
苦しさや弱さを隠さなくていい場所。
言葉にすることで、
自分を静かに受け入れていける場所。
それだけで、充分なのだ。
曇り空みたいな日も、悪い日じゃない
今日は、曇り空みたいな日だった。
空の色は一日中変わらず、
光は薄く、
景色はどこか滲んだまま。
体の奥には鈍い重さが居座り、
肩には湿った空気のベールがかかったように
力が入らなかった。
何か大きな事件があったわけでもなく、
泣き崩れるほどつらいわけでもない。
でも、いつものように軽やかには動けない。
その灰色の感覚が、じわじわと広がっていく。
こんな日、
昔の私は自分を責めていた。
「どうして今日くらい頑張れないの」
「気合が足りないだけじゃないの」
「弱い自分は嫌いだ」
けれど、
手帳に数字を置いてみるとわかった。
頭痛 2/10
気力 3/10
気分の沈み 4/10
これは、怠けでも、わがままでもない。
体が天気に反応しているだけ。
曇り空は、心のせいじゃない。
低気圧に押されて、
体は静かに戦っていた。
その証をただ書き留めただけで、
胸のざわつきがゆっくりと溶けていった。
“頑張れなかった自分”ではなく、
“ただ曇り空を生き抜いた自分”が
そこに残っていた。
そう思えた瞬間、
今日の灰色は、少し優しくなった。
晴れの日ばかりを求めなくていい。
曇り空には、曇り空の歩き方がある。
無理に笑わなくていい。
完璧じゃなくていい。
ただ、今日を静かに過ごせたなら、
それで十分。
明日、また少し晴れるかもしれないし、
もう一度、曇りに包まれるかもしれない。
でも、どんな空の日も、
私の体は毎日生きてくれている。
その事実だけを、そっと抱きしめたい。
深く息を吸って、
肩の力を抜いて、
今日を終わらせよう。
今日も小さな養生を。
Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。