
イオンでクリスマスマーケットが開かれていると知った日
イオンでクリスマスマーケットが開かれているらしい。
その情報を知ったのは、何かを期待していたわけでも、特別な予定を探していたわけでもない、いつもの日常の延長だった。
年末が近づくと、街は少しずつ色づいていく。
赤や緑、きらきらした装飾、どこか浮き立つような音楽。
でもその一方で、「混んでいそう」「疲れそう」という気持ちが先に立って、わざわざ足を運ぶ気にはなれないことも多い。
40代になってからは特に、“楽しい”よりも“無理がない”が判断基準になってきた。
だから、イオンのクリスマスマーケットと聞いても、正直なところ期待は控えめだった。
本格的なヨーロッパのマーケットのような規模でもないだろうし、テーマパークのような高揚感があるわけでもない。
でも、「イオンでやるなら、きっと行きやすいだろう」という安心感はあった。
イオンは、日用品を買いに行く場所であり、食料品を補充する場所であり、生活の延長線上にある場所だ。
その“いつもの場所”に、少しだけ非日常が混ざる。
それくらいの距離感が、今の自分にはちょうどよく感じられた。
台湾祭のときは、楽しかった反面、人の多さに少し疲れてしまった記憶もある。
あの熱気や賑わいも嫌いではないけれど、今回はもっと静かに、季節を味わいたい気分だった。
「混んでいたら無理せず帰ればいい」
そんな軽い気持ちで行けるのも、イオンという場所だからこそだと思う。
結果的に、この“期待しすぎなかった”ことがよかった。
特別なイベントとして身構えることなく、ただ「ちょっと覗いてみようかな」と思えたこと。
それが、この日の小さな選択だった。
日常の中に、ほんの少しのきらめきが差し込む。
そんな体験をしに行くには、イオンのクリスマスマーケットは、思っていた以上にちょうどいい場所だった。

実際の混雑は?台湾祭と比べて感じた「ちょうどよさ」
会場に着いて、まず感じたのは「思っていたより、人が多すぎない」ということだった。
クリスマスシーズンのイベントと聞くと、どうしても身構えてしまう。
歩けないほど混んでいたらどうしよう、食べ物を買うのに長時間並ぶのは嫌だな、という気持ちが先に立つ。
でも、イオンのクリスマスマーケットは、その不安をいい意味で裏切ってくれた。
人はいるけれど、押し合うほどではない。
立ち止まって眺めたり、写真を撮ったりする余裕がある。
通路もきちんと確保されていて、流れが滞らない。
以前行った台湾祭は、活気があって楽しかった反面、熱気と人の密度に少し圧倒された。
屋台の前には列ができ、どこに立っていても誰かの背中がすぐ近くにある。
あの賑わいは非日常として魅力的だけれど、体力や気力が落ちているときには、正直きついと感じることもある。
それに比べると、イオンのクリスマスマーケットは、空気が穏やかだった。
クリスマスらしい装飾や音楽が流れていても、どこか落ち着いている。
家族連れも多いけれど、ベビーカー同士がぶつかるような場面もなく、自然と譲り合いが生まれている雰囲気があった。
「混雑していない」というより、「ちゃんと整理されている」。
そんな印象がいちばん近い。
商業施設の中で開催されているからこそ、導線や安全面が考えられていて、安心して歩ける。
この安心感は、40代になった今、想像以上に大きなポイントだった。
人混みで消耗することなく、クリスマスの空気だけを味わえる。
それは、非日常を楽しみたいけれど、無理はしたくない人にとって、かなりありがたいバランスだと思う。
「イベント=疲れる」というイメージが、少し書き換えられた瞬間だった。
イオンのクリスマスマーケットは、賑わいと落ち着きの間にある、“ちょうどいい場所”だった。

食べたものの記録。ジャーマンポテトとローストビーフ
今回、イオンのクリスマスマーケットで食べたのは、ジャーマンポテトとビーフシチュー、そしてローストビーフ。
いずれも、いわゆる“お祭りの軽食”というより、きちんと食事として満足できる内容だった。

正直に言うと、値段は安くはない。
屋台の価格としては、やや高めに感じる人もいると思う。
でも、ひと口食べてみて、その理由がわかった。
味がちゃんとしている。
勢いだけで作られたものではなく、温かさも、塩加減も、ちょうどいい。

特に印象に残ったのが、ジャーマンポテトだった。
じゃがいもはほくほくで、ベーコンの旨みがしっかり染みている。
寒い季節に、立ったまま食べるこの一皿が、思った以上に体に沁みた。
クリスマスマーケットという非日常の空気と相まって、ただのポテト以上の満足感があった。
ビーフシチューとローストビーフも、屋台とは思えないクオリティだった。
柔らかく煮込まれた肉は、噛むたびに旨みが広がる。
ローストビーフも、量は控えめながら、しっかりと「ごちそう」を感じさせてくれる味だった。
「高いけれど、おいしい」。
この一言に尽きる。
だからこそ、無理にたくさん食べようとは思わなかった。
一品をゆっくり味わって、クリスマスの雰囲気と一緒に楽しむ。
それで十分だった。
イベントの食べ物に対して、ここまで満足できたのは久しぶりかもしれない。
値段と味のバランスに納得できたからこそ、「また来たいな」という気持ちが自然と残った。
イオンなのに、ちゃんと非日常だった
イオンという場所は、生活の一部だ。
食料品を買い、日用品を補充し、必要なものを揃える。
そこに特別な感情を重ねることは、普段あまりない。
けれど、クリスマスマーケットが開かれているこの日は、空気が少し違っていた。
大きなツリーが立ち、オーナメントが光を受けてきらめいている。
足を止めて見上げる人の表情も、どこか柔らかい。
いつものイオンなのに、確かに“季節”がそこにあった。
派手すぎない装飾が、かえって心地よかった。
写真映えを狙った過剰な演出ではなく、静かにクリスマスを伝えてくる。
この控えめさが、今の自分には合っていた。
盛り上がらなくてもいい、無理に楽しもうとしなくてもいい。
ただ、その場に身を置くだけで、十分だった。
人の流れも穏やかで、歩きながら自然と視線がツリーに向かう。
ベンチに腰を下ろして、温かい食べ物を食べながら、しばらくぼんやりする。
そんな過ごし方が許される空気が、そこにはあった。
遠くへ出かけなくても、旅行をしなくても、
「今日は少し特別な日だった」と思える瞬間はつくれる。
そのことに、改めて気づかされた。
40代になると、非日常に対する欲求も変わってくる。
刺激よりも、安心感。
派手さよりも、心が疲れないこと。
イオンのクリスマスマーケットは、その感覚に静かに寄り添ってくれた。
日常と非日常の境目が、ゆるやかに溶け合う。
この“ちょうどよさ”があるから、また行きたいと思えたのだと思う。
また行きたいと思えた理由と、向いている人
イオンのクリスマスマーケットを振り返って、いちばん強く残っている感想は、「無理をしなくてよかった」ということだった。
頑張って楽しもうとしなくても、予定を詰め込まなくても、ちゃんと満たされた気持ちが残る。
それが、このイベントのいちばんの魅力だと思う。
混雑しすぎず、歩きやすい。
食べ物は少し高いけれど、納得できる味。
装飾は控えめでも、季節を感じられる。
すべてが、ほどよい。
だからこそ、「また行きたい」と思えた。
来年も、もし同じように開催されていたら、
予定が空いている日に、ふらっと立ち寄る。
そんな関わり方ができるイベントだ。
このクリスマスマーケットは、
・人混みが苦手な人
・長時間歩くのがしんどくなってきた人
・遠出はできないけれど、季節感は味わいたい人
・40代以降で、イベントに“疲れ”を感じやすくなった人
そんな人に、特に向いていると思う。
大きな感動や、強い刺激はない。
でも、静かに心がほどける時間はある。
それで十分だと感じられるようになったのは、
年齢を重ねたからかもしれない。
イオンのクリスマスマーケットは、
「わざわざ行くイベント」ではなく、
「行けたら嬉しい場所」だった。
日常の延長線上で、少しだけ季節を味わう。
そんな過ごし方ができたことが、何よりの収穫だった。
今日も小さな養生を。

Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。