シナモン茶は本当に冷えに効く?40代の私が続けて感じたこと PRを含みます

シナモン茶は本当に冷えに効く?40代の私が続けて感じたこと

寒くて体が動かなかった朝のこと

朝、カーテン越しの光がまだ白く冷たい時間。
布団から出るのがつらくて、体の芯がじんと固まったまま、しばらく動けずにいた。
若い頃は「寒いな」で済んでいたはずなのに、40代になってからの冷えは、もう少し重たい。
手足だけじゃなく、気持ちまで一緒に冷えてしまう感じがある。

キッチンに立っても、すぐに動き出せない。
温かい飲み物がほしくて、ふと目に入ったのがシナモン茶だった。
正直、少し身構えた。
漢方っぽい味だったらどうしよう、続かなかったら嫌だな、と。

それでも、寒さに背中を丸めたまま過ごすよりはいいかもしれないと思って、お湯を注いだ。
立ちのぼる湯気と、ほんのり甘い香り。
ひと口飲んでみると、思っていたよりやさしい味で、拍子抜けした。

飲んだからといって、すぐに体が変わるわけじゃない。
でも、カップを両手で包み込んでいるうちに、
「今日はちゃんと自分を温めよう」
そんな気持ちに、少しだけ切り替わった。

冷えは、私にとって体調の問題でもあり、生活の癖が積み重なった結果でもある。
だからこそ、この一杯は“治すため”というより、
朝を整えるための小さな選択だった。

この日から、寒い朝にシナモン茶を選ぶことが増えた。
それは特別なことではなく、
冷えに振り回されないための、ささやかな習慣のひとつとして。

40代になると、冷えは「体調の合図」になる

40代に入ってから、冷え方が変わった。
ただ寒い、というよりも、体の奥からじわじわと広がってくるような冷え。
朝だけでなく、日中も、夜になっても、完全には抜けきらない感覚が残る。

以前は「冬だから仕方ない」と流していた。
厚着をして、我慢して、春になれば自然と消えるものだと思っていた。
けれど最近は、その冷えが、体からの合図のように感じられる。

忙しさが続いているとき。
睡眠が浅い日が重なったとき。
気持ちを張りつめたまま、無理をしているとき。
そういうタイミングで、決まって体が冷える。

40代になると、体は正直になる。
若い頃のように、気合いや勢いでは乗り切れなくなってくる。
冷えは、「今の生活、ちょっと詰め込みすぎじゃない?」
そんなふうに、静かに問いかけてくる。

更年期という言葉が、頭をよぎることもある。
はっきりした不調ではないけれど、
なんとなく調子が出ない、理由のないだるさ、気分の揺らぎ。
そうしたものと冷えは、どこかでつながっている気がしている。

だから私は、冷えを「なくしたいもの」ではなく、
「気づくためのサイン」として受け取るようになった。
冷えているときは、
ちゃんと休めているか、
呼吸が浅くなっていないか、
自分に問い直すタイミングでもある。

シナモン茶を飲むようになったのも、
冷えをどうにかしたい一心というより、
この合図を無視しないためだった。
体を温める時間を、意識的につくる。
それだけで、気持ちの向きが少し変わる。

冷えは、年齢のせいだけではない。
これまで積み重ねてきた生活や、頑張り方の結果でもある。
そう思えるようになってから、
冷えている自分を、責めなくなった。

「また冷えてるな」
そう感じたら、立ち止まる。
温かい飲み物を選ぶ。
それは、40代になった今の私なりの、体との付き合い方だ。

シナモン茶のことを、薬剤師と和漢薬膳師の視点で

シナモンというと、お菓子のスパイスという印象が強いかもしれない。
けれど、和漢の世界では、シナモンは「桂皮(けいひ)」として、昔から使われてきた素材でもある。

薬剤師として学んできた西洋医学と、
和漢薬膳師として触れてきた東洋医学。
その両方の視点から見ても、シナモンは「冷えやすい体質の人が気にかけやすい素材」だと感じている。

東洋医学では、体を温めることはとても大切にされる。
冷えは、単なる寒さではなく、巡りが滞っているサインと考えられることが多い。
血の巡り、気の巡り、水の巡り。
どれかがうまく流れなくなると、体は冷えやすくなる。

シナモンは、そうした巡りを意識した食材として語られることが多い。
もちろん、飲めば冷えが治る、という単純な話ではない。
けれど、「体を温める方向に意識を向けたいとき」に選ばれてきた背景があるのは確かだ。

西洋医学の視点から見ても、
冷えを感じやすい人は、生活リズムや自律神経のバランスが乱れていることが少なくない。
睡眠不足、ストレス、長時間同じ姿勢での作業。
そうした積み重ねが、末端の冷えや、体温調節のしづらさにつながることもある。

だから私は、シナモン茶を「特別なもの」としてではなく、
生活の中で取り入れやすい選択肢のひとつとして見ている。
薬の代わりでも、治療でもない。
けれど、自分の体に目を向けるきっかけにはなる。

シナモン茶を飲む時間は、
「今、体は冷えていないかな」
「今日は無理をしすぎていないかな」
そんなふうに、自分を確認する小さな時間でもある。

専門的な知識があるからこそ、
私は逆に、過度な期待を持たないようにしている。
何かを飲めばすべて解決、ということはない。
けれど、体を温める行動を選ぶこと自体が、
40代の体には意味を持つこともある。

シナモン茶は、その入口として、とても穏やかだ。
香りが強すぎず、毎日の中に溶け込みやすい。
だからこそ、続けられる。
そして、続けられることが、何より大切だと感じている。

正直な感想。味は?続けられる?

シナモン茶と聞いて、最初に気になったのは味だった。
体に良さそう、という印象と同時に、
「クセが強いんじゃないか」
「漢方っぽくて飲みにくいかも」
そんな不安が頭をよぎったのを覚えている。

実際に飲んでみると、思っていたよりずっと穏やかだった。
甘さが前に出るわけでもなく、スパイス感が強すぎるわけでもない。
口に含んだときに、ふわっと香りが立って、あとに残らない。
体を刺激するというより、静かに寄り添う味だと感じた。

「これなら毎日でも飲めそう」
そう思えたことは、私にとって大きかった。

続けられるかどうかは、効果よりも味で決まることが多い。
どれだけ体に良いと言われていても、
飲むたびに気合いが必要なものは、長くは続かない。
その点で、シナモン茶は生活に入り込みやすかった。

私は朝に飲むことが多い。
空腹のまま強い刺激を入れたくない日でも、
温かいシナモン茶なら、無理なく体を起こせる。
夜に飲むこともあるけれど、
その日の体調や気分に合わせて、自然に選んでいる。

「毎日飲まなきゃ」と決めているわけではない。
寒いと感じた朝。
体がこわばっているとき。
そういう日に手が伸びる、という感覚に近い。

和漢薬膳の考え方では、
合うものを、合うタイミングで取り入れることが大切だとされている。
無理に続けるより、
「今日はこれがいいな」と思えるかどうか。
その感覚を大事にしたい。

シナモン茶は、
頑張って飲むものではなく、
気づいたら選んでいるものになった。
その距離感が、今の私にはちょうどいい。

私が選んでいるシナモン茶と、続けられる理由

シナモン茶を飲むようになってから、
いくつか試した中で、自然と手に取るものが決まってきた。
選ぶ基準は、とてもシンプルだ。

まず、余計なものが入っていないこと
薬剤師として成分を見るクセがあるせいか、
甘味料や香料が前に出すぎているものは、どうしても気になってしまう。
毎日の中に取り入れるなら、できるだけシンプルなほうがいい。

次に、味が穏やかであること
シナモンの香りが強すぎると、
その日は飲みたくない、と感じることもある。
ほんのり香って、体に静かに残るくらいがちょうどいい。

そして、続ける前提で作られていること
特別な日だけの飲み物ではなく、
朝の台所や、少し疲れた夜に、無理なく選べるもの。
そういう距離感のシナモン茶を、私は選んでいる。

このシナモン茶を飲んでいるからといって、
冷えがなくなるわけでも、体調が一気に変わるわけでもない。
けれど、
「今日は体を温めよう」
そう意識するきっかけにはなっている。

40代になると、不調と完全に縁を切ることは難しい。
だからこそ、
不調が出る前に、自分を気にかける習慣が大切になる。
シナモン茶は、そのための小さな道具のひとつだと思っている。

頑張らなくてもいい。
毎日じゃなくてもいい。
ただ、冷えを感じたときに、
自分のために選べる温かい一杯があること。

私がシナモン茶を続けている理由は、
きっとそこにある。

今日も小さな養生を。



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Wrote this article この記事を書いた人

ミカ

手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。

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