
もう頑張ることに疲れてしまった
同僚と「この先どうしたいか」を話していたとき、
気づけば私は、ため息まじりに言っていた。
「正直、もう疲れちゃったんだよね」と。
体が動かないわけじゃない。
ただ、心の奥がもう前に進む気力を失っていた。
この5年間、全力で頑張ってきた。
自分の限界を超えてでも、やり遂げようとしてきた。
けれど結果として、何ひとつ掴めなかった気がしている。
それは敗北ではなく、
どこか“諦め”に近い静けさだった。
燃え尽き症候群——
そんな言葉がぴったりくるかもしれない。
同僚はまだ迷いながらも、
もう少し頑張ろうとしているようだった。
その姿を見て、
私はもう同じテンションではいられないと感じた。
性別の違いを言い訳にしたくはない。
けれど、仕事の中で感じる“女性としての現実”は、
彼にはきっと見えていない。
私たちの体も心も、
どこかで「無理をしない」ことを求めている。
挑戦することが素晴らしいのはわかっている。
でも、
頑張り続けることがすべてじゃない。
今の私はただ、
静かに息を整えて、
自分のペースで働きたいと思っている。
40代、仕事、そして行き詰まり。
それは終わりではなく、
次の生き方を探し始める合図なのかもしれない。
挑戦よりも、穏やかに過ごしたいと思うようになった
30代の私は、常に何かに挑戦していた。
知り合いの社長に声をかけ、自分で会社を立ち上げようとしたこともある。
無我夢中だった。
「できない理由」を並べるよりも、
「どうすればできるか」を探す毎日。
けれど、思い描いた未来は、思うようには進まなかった。
夢を手放したとき、出会ったのが今の会社だった。
ここなら、私がずっと向き合ってきた社会課題を解決できる——
そう信じて、また走りはじめた。
娘がまだ幼かった頃から、
寝かしつけたあとに仕事をして、
夜明け前の静けさの中で、またパソコンを開いていた。
気づけば、5年。
その間、ひたすら走り続けてきた。
でも今、ようやく気づく。
たどり着くはずのゴールは、もうそこにはなかった。
「もう一度挑戦してみよう」と思えない自分がいる。
ただ、それを悲しいとは思わない。
無理して、無理して、無理を重ねた30代。
その経験があったからこそ、
今は静かに、穏やかに暮らしていきたいと思えるようになった。
体調や気力の低下もある。
けれどそれ以上に、
自分を大切にしたいという気持ちが、
ようやく芽を出したのかもしれない。
もう“走ること”だけが人生じゃない。
これからは、ゆっくり歩いていけばいい。
40代のいま、ようやくそう思えるようになった。
頑張れない自分を受け入れるという選択
もう、頑張れない。
そう思う瞬間が、何度かあった。
けれどそのたびに、胸の奥からふっと浮かぶ言葉がある。
「これでいい。」
若いころは、何かを成し遂げることでしか
自分の価値を確かめられなかった。
人に認められたい、成果を出したい、
そうやって息を詰めながら生きてきた。
でも今はもう違う。
成し遂げられなかったことも、
できなかったことも、
ちゃんと“私の人生”の一部になっている。
あの頃の私は走ることしか知らなかった。
けれど、立ち止まる勇気を持てるようになった今、
ようやく“生きる”ということの意味がわかってきた気がする。
「これもいい」
そう思えるようになったとき、
心がすっと軽くなった。
何かを手放すたびに、
自分が戻ってくるような感覚がある。
もう、誰かの理想を追わなくていい。
私が私として生きていけるなら、
それでいい。
きっとこれが、私の人生なんだと思う。
おだやかに働くことが、これからの私の養生
いまの私にとって「穏やかに働く」とは、
心と体の調子を優先することだ。
調子が悪い日は、無理をしない。
子どもの体調が崩れたら、迷わずそばにいる。
そんな当たり前のことが、
もっと自然にできる社会になってほしいと思う。
「すみません、子どもが熱を出して」
そう言うたびに、どこか申し訳なさを感じていた。
でも本当は、謝るようなことじゃない。
誰かの子どもも、私の子どもも、
みんなそれぞれに支え合って生きている。
だから——お互い様、でいい。
働くことは、競争でも我慢でもなく、
“支え合いの循環”であってほしい。
そうすれば、仕事と子育てのどちらも
笑顔で両立できる人が増えていくはずだ。
小さな子を育てながら働くことは、
本当に大変だ。
けれど、「大変だから嫌だ」ではなくて、
「大変だけど、ちゃんとできるよ」
と笑える社会を、私は信じたい。
それがきっと、私の“養生”にもなる。
がんばりすぎず、
人のやさしさを受け取りながら、
また誰かに返していく。
そんな穏やかな働き方を、
これからの人生で育てていきたいと思う。
今日も小さな養生を。
Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。