久しぶりのバスケ観戦、始まりはワクワクでいっぱい
クレインサンダーズの試合を観に行ったのは、約一年ぶり。

会場の外にはOTAマルシェが広がり、屋台の香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。
焼き立ての料理やベビーカステラの甘い香り、笑い声。
まるで秋祭りのような賑わいだった。

この日は家族で観戦。
夫はかつて社会人バスケをしていたほどのバスケットマン。
息子は今、部活に夢中で、試合の一つひとつを真剣な眼差しで追っている。
娘はそんな空気に包まれながら、マルシェで手にしたおやつを大事そうに頬張っていた。

「スポーツを観る」というより、「一日を楽しむ」時間。
秋の風がちょうど心地よくて、屋外で食べるご飯は不思議と格別に感じる。
会場を歩くだけで、自然と胸が高鳴るようなワクワク感があった。
大人になっても、こうして家族でひとつのチームを応援できることが嬉しい。
試合前から、もうすでに心は満たされていた。
“今日の試合はきっといい日になる”——
そんな予感を抱きながら、会場の席へ向かった。
20点差のリード、油断していたわけじゃないけれど
試合の序盤から、クレインサンダーズの流れは完璧だった。
シュートが決まるたびに会場が沸き、
ベンチも客席も一体になって盛り上がっていた。
気づけば20点差。
「今日は調子がいい!」
私の胸にも、そんな安堵が広がっていた。
このまま勝てる——そう思ってしまった。
あのとき、ほんの少し気持ちが緩んでいたのかもしれない。
4Qに入り、相手チームがじわじわと追い上げてくる。
それでも「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせていた。
けれど、その安心感は一瞬で崩れた。
逆転の瞬間、会場がざわめいた。
あちこちから「えっ!?」という声。
そして、次のプレーで点が入った瞬間、
まるで悲鳴のような歓声が響いた。
悔しかった。
まさか、ここで負けるなんて。
気づけば涙がにじんでいた。
もちろん、選手たちは最後まで必死に戦っていた。
油断なんて一瞬もなかったと思う。
でも、観客の私の中に“余裕”があった。
「もう大丈夫」と信じ切ってしまっていたのだ。
その気の緩みを突かれたような敗戦だった。
息子の試合でも、同じような逆転を何度も見てきたのに。
それでもやっぱり、この日の敗戦は特別に悔しかった。
心の底から勝ってほしかったから。
逆転負けに見た“気持ちの強さ”
逆転していった相手チームは、とにかく冷静だった。
点差があっても焦らず、声を掛け合いながら、
自分たちのプレーを淡々と積み重ねていた。
「まだ終わっていない」という気持ちが、
コートの隅々まで伝わってくるようだった。
一方で、リードしていたクレインサンダーズの方には、
少しずつ焦りが見え始めた。
ほんのわずかなタイミングのずれや、
ミスが重なっていく。
それが流れを大きく変えてしまったように思う。
バスケットは、点数以上に“気持ち”のスポーツだ。
冷静さを保つ強さ。
自分を信じて最後まで戦う集中力。
その両方を持っていたのは、
この日、追う側のチームだった。
試合が終わった瞬間、胸の奥がズシンと沈んだ。
あんなにリードしていたのに、
最後は一歩届かなかった。
でも、不思議と清々しさも残った。
あっぱれ——とまでは言えないけれど、
とても良い試合だった。
選手たちが全力でプレーする姿は、
やっぱり何度見ても心を打つ。
負けて悔しい。
けれど同時に、
「私も明日から頑張ろう」と思えた。
スポーツって、そういう力がある。
どんなに差があっても、気を抜かないという教え
この試合でいちばん心に残ったのは、
「最後まで何が起こるかわからない」ということだった。
どんなに点差があっても、
どんなに流れが良くても、
気を抜いた瞬間に、試合の空気は変わってしまう。
勝っているときほど、
油断してはいけない。
そんな当たり前のことを、
この日の試合で改めて教えられた気がした。
きっと選手たちは、最後まで全力だった。
それでも流れが変わるときというのはある。
その一瞬の風を読めるチームが、
本当の意味で“強い”のだと思う。
これは仕事にも、日常にも同じことが言える。
順調に進んでいるときほど、
「もう大丈夫」と思ってしまう。
でも、そこに小さな油断が生まれる。
だからこそ、最後の一歩まで気を抜かず、
丁寧に積み重ねていきたい。
自分の心にも、相手の努力にも。
負けた試合だったけれど、
この日の学びは大きかった。
最後まで戦う姿勢、
そして、気持ちを切らさない強さ。
それは、どんな場面にも通じる“生き方”のような気がする。
今日も小さな養生を。