40代ワーママ、休日も休めない。そんな私の小さな幸せの見つけ方

40代ワーママ、休日も休めない。そんな私の小さな幸せの見つけ方

休日なのに、体が休まらない朝

休日といっても、心が休まるわけではない。
仕事がない日だからこそ、詰め込んでしまう。
買い出し、掃除、家事のやり残し、子どもの予定。
「今日こそ休もう」と思うたびに、
その“今日”がどんどん遠のいていく。

この日も朝から息子のバスケットの付き添いだった。
体育館の冷たい床に座りながら、
自分の体が思っている以上に疲れていることに気づく。
けれど、息子の真剣な顔を見ると、
「頑張ってるんだから、私も」と
いつものように気を張ってしまう。

洗濯や朝ごはんの片づけをしているうちに、
気づけばもう朝7時を過ぎていた。
あと1時間で出発の時間。
時計の針を見るたびに、
心のどこかが少し焦っていく。
休日なのに、すでに一日のエネルギーを
ほとんど使い果たしている気がした。

「休日」という言葉が、
どこか遠い国の言語みたいに感じる。
休むための時間なのに、
家族のスケジュールを支える裏方として
体も心も走り続けている。

それでも体育館の窓から差し込む朝の光に、
ほんの少しだけ救われる。
子どもの成長を間近で見られることは、
たしかに“幸せ”のひとつだ。
ただ、その幸せは、
時に体の重さと紙一重でもあるのだと思う。

“母”としての自分に、限界を感じるとき

最近、疲れが抜けなくなった。
朝起きても体が重く、夜になっても気持ちが休まらない。
いつのまにか、心までが慢性的な疲労を抱えている。

夫は「家事を手伝う」と言ってくれたけれど、続いたのは1か月ほど。
バスケットの送り迎えも、学校行事も、旗当番も──
どれも結局、私一人の仕事になっていった。
「忙しいのはお互いさま」と言われるたび、
そうだね、と笑ってみせるけれど、
その笑顔の裏では、少しずつ心が擦り切れていくのを感じていた。

母親だから頑張れる、
母親だから我慢できる──
そう言い聞かせてきたけれど、
最近はその言葉が自分を縛る鎖のように感じる。

誰も悪くない。
それでも、
「誰も助けてくれない」と思ってしまう瞬間がある。
洗濯物を畳みながら、
ふと天井を見上げてため息をつく。
そのため息が、思っていた以上に深くて、
自分でも驚く。

限界は、いつも静かに訪れる。
怒りでも涙でもなく、
ただ何も感じなくなったときに、
ようやくそれが“限界”だったと気づくのだと思う。

静かな午後、ふと立ち止まって気づいたこと

午前のバスケットの応援が終わり、
ようやく家に戻った午後。
部屋の中は驚くほど静かで、
冷めたコーヒーの香りだけがゆっくりと漂っていた。

久しぶりに、時間が止まったように感じた。
洗濯機の音も、誰かの呼ぶ声もない。
その静けさに包まれると、
体の奥からようやく“ふっ”と力が抜けていくのがわかる。

私はそのままパソコンを開き、
WordPressの編集画面を立ち上げた。
ブログを書く時間は、私にとっての小さな逃げ場だ。
思ったことを文字にしていくうちに、
少しずつ心が整理されていく。

誰に向けて書いているわけではないけれど、
同じように疲れている誰かが、
この言葉のどこかに共感してくれたらいい。
そんな気持ちで書いている。

家族のためでも、仕事のためでもない時間。
ようやく“自分”だけに戻れる、ほんのわずかな午後。
書き終えたあと、窓の外を見ると、
陽の光が少し傾いていた。
たったそれだけのことなのに、
胸の奥がすっと軽くなる。
きっと、こういう瞬間を
大切にしていけばいいのだと思った。

誰かに頼らなくてもいい、“小さな幸せ”の見つけ方

書き終えたあと、
ふと立ち上がってキッチンへ向かった。
コーヒーメーカーのスイッチを入れると、
豆が挽かれる低い音とともに、
ゆっくりと香りが広がっていく。

その香りに包まれると、
それだけで少し心が落ち着いていく。
誰かに話を聞いてもらうわけでもなく、
特別なことをするわけでもない。
ただ、湯気の向こうで漂うコーヒーの香りが、
静かに「大丈夫」と語りかけてくれるようだった。

誰かに頼ることが苦手な私は、
きっとこうして、香りや音の中に
自分の心を整える術を探しているのだと思う。
それは“幸せ”と呼ぶにはささやかすぎるけれど、
今の私にはそれで十分だった。

仕事も家事も、母としての責任も、
すべてから少し離れて
自分に戻るための時間。
コーヒーの香りの中で、
ようやく呼吸がゆっくりと整っていく。

休むことがうまくできない私でも、
こうして五感のどこかで
小さな“幸せ”を見つけられる。
それが今の私の、
いちばん身近な“養生”なのかもしれない。

今日も小さな養生を。



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Wrote this article この記事を書いた人

ミカ

手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。

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