
突然の通知に、胸がふっとゆるんだ朝
朝、スマホが小さく震えた。
「インフルエンザのため、本日より学級閉鎖になります」

その文字を見た瞬間、胸の奥がふっとゆるんだ。
気づけた。間に合った。
たまたま手に持っていたスマホの通知に救われた気がした。
いつもは、仕事中にスマホを開く時間が限られてしまう。
会議の合間、わずかな休憩に画面を見た時、
すでに迎えの連絡から数時間たっていた日がある。
「まだ迎えは来ないの?」
教室でぽつんと待っていた子どもの姿を思う。
クラスの友だちがひとり、またひとり帰っていく教室で、
最後の数人になるまで、ひとりで待ち続けていた小さな背中。
その光景を想像するだけで、胸がぎゅっと締めつけられる。
あの日の寂しさを思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
今日は、数秒で気づくことができた。
それだけのことで、涙が落ちそうになるほどほっとした。
ただそれだけのことなのに、
心の奥で何かが静かにほどけていく。
数時間気づけなかった日の、あの寂しさ
仕事を抜けて迎えに行ったとき、
子どもがこちらを見て、少し驚いたように笑った。
「今日、早くない??」
その声には、
安堵と喜びが混ざった、小さな光みたいなものがあった。
私はその笑顔を見た瞬間、
体の力がふっと抜けていくのを感じた。
あの日は、違った。
仕事中でスマホを見る余裕がなく、
数時間遅れてアプリの通知に気づいた。
急いで迎えに行った教室。
すでにほとんどの子は帰っていて、
広い教室に残っていたのは、数人の子どもたちだけだった。
ぽつんと座っていた我が子は、
いつものように笑っていたけれど、
その目の奥に、少しだけ曇った色があったように見えた。
「遅くなってごめんね」
そう言った声は、小さく震えていた気がする。
その日の空気を思い出すたび、
胸の真ん中に、
言葉ではうまく形にできない痛みが生まれる。
仕事だから仕方ない。
そう言われれば、たしかにそうかもしれない。
でも、子どもの時間は、
大人の都合で止められない。
ひとりきりで待つ数分は、
どれほど長く感じられたんだろう——
そんな想像が、ずっと胸の奥で消えないまま残っている。
だからこそ、
今日の「早いね?」と笑った顔に出会えたことが、
こんなにも心をあたためてくれたのだと思う。
ただそれだけで、
泣いてしまいそうになるほど救われた。
母親という生き物は、
どうしてこんなにも、
小さな表情ひとつに心を揺らすのだろう。
スマホ通知だけで回る子育ての現場で感じる違和感
今、学校からの連絡は、ほとんどがスマホのアプリになった。
遠足や行事のような「本当に大切なこと」だけは紙で届くけれど、
日々の急な変更や学級閉鎖、持ち物の追加は、
静かに画面に届く通知だけで終わってしまう。
便利だといえば、たしかに便利だ。
紙がカバンの底でくしゃくしゃになることもないし、
家庭ごとの連絡ミスも減るのかもしれない。
でもその一方で、
「スマホをいつでも見られること」が当たり前の前提で進む仕組みが、
ときどき息苦しくなる。
仕事中はスマホを触れない人もいる。
工場や接客、医療現場、会議続きの会社員。
場所によってはカバンに入れっぱなしのままだったり、
マナーモードの振動すら気づかない日だってある。
それでも世界は、
「すぐ気づけるよね?」という前提で動いていく。
通知を見逃した母だけが
遅れて迎えに行ったとき、
子どもがぽつんと待つ時間の重さは、
通知の履歴には残らない。
だからこそ、
私はときどき思う。
連絡手段の便利さと、
その裏側に置き去りにされてしまう「気持ち」を
どう補えばいいんだろう?
同じように悩むお母さんは、
きっと全国にたくさんいると思う。
みんな、全力で毎日を回している。
できる限り早く気づこうと、
スマホの光に振り回されながら。
わたしは今日も、完璧じゃない母のまま生きていく
子どもに関しては、
完璧でいたいと思う。
どんなことよりも優先したい。
守りたい存在だからこそ、
遅れることも、取りこぼすことも、
できればしたくない。
だから私は、
迎えに間に合えた日の「早くない?」の笑顔に、
涙が出そうになるほど救われるのだと思う。
でも不思議なことに、
家の中のことは、完璧じゃなくてもいいと思える。
洗濯物が山のように残っていても、
夕飯が冷凍ギョーザの日が続いても、
部屋の隅に埃が見えても、
心はほとんど揺れない。
それはきっと、
どこで力を入れて、どこで抜くか。
そのメリハリをようやく知ったからかもしれない。
全部を完璧にしようとするのは、
苦しい。
息ができなくなる。
だからこそ、
守りたいところで力を使い、
そうじゃないところでは力を抜く。
そのバランスが、
今の私を支えてくれている。
そして、
私は今日も、通知の光に振り回されながら、
それでも歩き続ける。
間に合った朝の安堵と、
間に合えなかった日の痛みを忘れずに。
母親は、ひとりの小さな表情に、
何度でも心を揺らす生き物だから。
それでいい。
完璧じゃなくていい。
完璧じゃないから、愛がある。
わたしが続けている、ささやかな対策
- アプリの通知設定を「重要通知」にして見逃しを減らす
- 手帳に翌日の予定を書き写して、心の負担を軽くする
- 夫婦や家族で連絡の役割を分担する
- 通知を“義務”にせず、“安心のための補助”として扱う
すべてを完璧に追いかけるのではなく、
追いかけなくても済む仕組みを少しずつ作ること。
それが、自分を守ることにもつながっていく。
今日も、小さな養生を。
Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。