
流行語大賞で耳に残った言葉が、昔の自分を呼び起こした
今年の流行語大賞を知ったとき、
私は思わず手を止めた。
「働いて、働いて、働いてまいります」
テレビの向こうでは、
力強く、前向きで、責任感に満ちた言葉として紹介されていた。
きっと多くの人にとっては、
“覚悟”や“決意”を感じさせる、立派なフレーズだったと思う。
でも、私の胸の奥では、
その言葉が少し違う音で響いた。
ああ、これ、
昔の私が毎日、自分に言い聞かせていた言葉だ。
働いて。
働いて。
働いて。
声に出さなくても、
心の中で、ずっと繰り返していた。
新入社員だった頃の私は、
「止まらないこと」が正解だと思っていた。
疲れても、眠れなくても、
「まだやれる」「みんなも頑張っている」と
自分を前に押し出す。
働いている自分は価値があって、
立ち止まる自分には意味がない。
そんなふうに、いつの間にか思い込んでいた。
だからあの言葉を聞いたとき、
懐かしさと同時に、
胸の奥がひやりと冷えた。
それは尊敬ではなく、
賞賛でもなく、
「戻りたくない場所」を思い出した感覚だった。
社会では今も、
「一生懸命働くこと」は美徳として語られる。
働き続ける姿は頼もしく、
忙しさは努力の証のように扱われる。
けれど、
働いて、働いて、働いていた先に、
何が待っているのかを、
私の体はもう知っている。
眠れなくなること。
集中が切れること。
自分がどこまで疲れているのか、
わからなくなること。
ニュースの言葉は、
きっと多くの人にとって前向きな象徴だった。
でも私にとっては、
「もう戻らなくていい」という確認の合図だった。
流行語は、その年の空気を映す鏡だと言う。
今年のその言葉を聞いて、
私は静かに思った。
もう私は、
働いて、働いて、働く生き方を選ばない。
それは怠けたからでも、
諦めたからでもない。
あの頃の自分を、
ちゃんと通ってきたからだ。
だからこそ今、
この言葉に、少し距離を置ける。
そんなふうに、
流行語大賞のニュースを見ながら、
私は自分の過去と、そっと線を引いた。
新入社員の頃、頑張りすぎて心と体の境界が曖昧になった
新入社員だった頃の私は、
「頑張りすぎている」という自覚がなかった。
仕事は覚えるものだし、
疲れるのは当たり前。
眠れないのも、慣れない環境のせいだと思っていた。
だから、眠れない夜が続いても、
「そのうち落ち着く」とやり過ごした。
体が重くても、頭がぼんやりしていても、
出社して席に座れば、
それなりに仕事はできてしまったから。
今思えば、
それがいちばん危うい状態だった。
睡眠は浅く、
目を閉じても、思考だけが止まらない。
それでも朝になれば会社に向かい、
信号待ちの間に、
一瞬、意識が遠のくような感覚があった。
車を運転しながら、
体は前に進んでいるのに、
頭だけが、少し遅れてついてくる。
危ない、と思うより先に、
「疲れているんだな」と
軽く受け流してしまった。
そして、
いつの間にか起きた事故。
アクセルを踏み、
壁にぶつかり、
ようやく現実が追いついてきた。
大きな音と衝撃のあとで、
私は初めて、
「あ、これはおかしい」と思った。
それまで、
心と体は別々に動いていて、
自分の限界が、どこにあるのか
わからなくなっていた。
働きすぎると、
体は急に壊れるわけじゃない。
少しずつ、
静かに、
感覚を鈍らせていく。
眠れないことも、
集中できないことも、
「よくあること」にしてしまう。
あの頃の私は、
ちゃんと疲れていたのに、
それを「疲れ」と認める余裕すらなかった。
頑張ることに慣れすぎると、
自分の異変に、
気づけなくなる。
その怖さを、
私は身をもって知った。
「うつみたいな状態ですね」と言われた日、私は初めて立ち止まった
事故のあとも、
私はしばらく「大丈夫なふり」を続けていた。
少し休めば戻れる。
気をつければ問題ない。
そうやって、自分を元の場所に戻そうとしていた。
けれど、体は正直だった。
眠れない夜は続き、
昼間も頭に薄い膜がかかったようで、
言葉がすぐには出てこない。
感情も、遠くにある感じがした。
それでも私は、
「まだ働ける」という一点だけを支えに、
日々をやり過ごしていた。
精神科を受診したのは、
限界を感じたからというより、
周囲に勧められたからだった。
診察室でいくつか質問に答え、
静かな声で言われた。
「うつみたいな状態ですね」
その言葉を聞いたとき、
驚きよりも先に、
肩の力が抜けた。
ああ、
やっぱり、そうだったんだ。
処方された薬を飲むと、
世界は少しぼやけた。
良くも悪くも、
感情がなだらかになって、
「頑張らなきゃ」という声が
遠くに引いていった。
その代わり、
何かを強く感じることもなくなった。
ただ、
止まっていた。
止まらざるを得なかった、
と言ったほうが近いかもしれない。
それまでの私は、
止まることを、
負けだと思っていた。
働けない自分は価値がなくて、
役に立たない存在になるような気がしていた。
でも、あの時間がなければ、
私は本当に壊れていたと思う。
心も体も、
これ以上前に進めないところまで来て、
ようやく「立ち止まる」ことを
許された。
「うつみたいな状態」
その言葉は、
私にとって診断名以上の意味を持っていた。
それは、
もう無理をしなくていい、
という合図だった。
自分で気づけなかった限界を、
外から、そっと指差してもらったような。
あの日を境に、
私は少しずつ、
頑張る方向を変えていくことになる。
それでも働く社会で、40代の私は「無理をしない」を選んだ
あの頃から時間が経って、
私は40代になった。
社会は相変わらず、
よく働く人を評価する。
忙しさは能力の証みたいに語られて、
余裕があると、どこか後ろめたい空気が残る。
それでも今の私は、
昔のようには働かない。
正確に言うなら、
働けなくなったのではなく、
あの働き方を、選ばなくなった。
無理をしないと決めたのは、
弱くなったからじゃない。
一度、限界の向こう側を見てしまったからだ。
眠れなくなり、
判断力が落ち、
自分の状態を客観視できなくなっていく。
あの感覚を、
私はもう知っている。
だから、
同じ道をなぞらない。
40代になると、
体は正直になる。
少しの無理が、
はっきりと形になって返ってくる。
頭痛、だるさ、
気力の低下。
「気のせい」で片づけていたものが、
ちゃんと理由を持って現れる。
それを経験した今、
私は自分にこう言えるようになった。
今日は無理だな。
今日はここまででいい。
昔の私は、
「頑張らない自分」を
許せなかった。
でも今は、
頑張りすぎない選択こそが、
自分を守る方法だと知っている。
働くことをやめたわけじゃない。
社会から降りたわけでもない。
ただ、
壊れない働き方を選んだだけだ。
「無理をしない」は、
逃げではない。
経験を通ってきた人だけが、
静かに選び取れる、生き方だと思っている。
あの頃の自分がいたから、
今の判断がある。
だから私は、
この選択に、
迷いがない。
無理をしないと決めたのは、弱くなったからじゃない
無理をしない、という言葉は、
ときどき誤解される。
頑張れなくなったから。
逃げたから。
諦めたから。
でも、私にとってそれは、
どれも違う。
一度、
働いて、働いて、働いて、
壊れかけた経験がある。
眠れなくなり、
判断が鈍り、
自分の状態がわからなくなったあの感覚。
あれを知ってしまったら、
もう同じ場所には戻れない。
それは怖さでもあり、
同時に、
大きな学びだった。
無理をしないと決めたのは、
未来の自分のためだ。
今はまだ大丈夫でも、
このまま進めば、
また同じところに辿り着く。
そうわかっているから、
手前で引く。
立ち止まる。
深呼吸する。
それは弱さではなく、
経験が教えてくれた判断だ。
40代になって、
私はようやく、
自分の限界を敵にしなくなった。
限界は、
怠けている証拠じゃない。
体と心が出している、
ちゃんとしたサインだ。
それを無視しないことが、
今の私の働き方であり、
生き方になった。
働くことは、
これからも続けていく。
でも、
壊れるまで働く必要はない。
誰かの期待より、
社会の空気より、
まずは、自分がちゃんと生きていられること。
それを選べるようになったのは、
あの頃の自分が、
必死に踏ん張っていたからだと思う。
だから私は、
胸を張って言える。
無理をしないと決めたのは、
弱くなったからじゃない。
ちゃんと、
一度壊れかけて、
そこから戻ってきたからだ。
今日も小さな養生を。

Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。