習慣が続かない理由は意志の弱さじゃない|手帳で“続ける仕組み”を作る方法 PRを含みます

習慣が続かない理由は意志の弱さじゃない|手帳で“続ける仕組み”を作る方法

Facebookで出会った言葉「継続できるのは5%だけ」

土曜日の午後、
なんとなくスマホを眺めていた。
Facebookのタイムラインをぼんやりスクロールしていると、
ふと目に留まった投稿があった。

「継続できるのは、全体の5%だけ。」

ただそれだけの短い言葉だったのに、
画面をゆっくりと指で止めずにはいられなかった。
その言葉が、自分の胸にまっすぐ落ちてきたからだ。

私は、これまでに何度も何度も
新しいことを始めては途中で止まってしまった。
ブログも、日記も、勉強も、運動も。
最初は意気込んで始めても、
気づけば続かなくなっていて、
そのたびに心の奥でひそかに呟く声があった。

「やっぱり私には無理だった。」

その瞬間の落胆は、
誰にも見せない小さな崩れ落ち方をする。
ため息をつくほどの激しさはない。
ただ、静かに胸の内側から
自分の力がすぅっと抜けていくような感覚。

がんばろうと思った気持ちが、
薄い紙のようにふわりと折れてしまう。
その紙を拾い上げる気力すらない自分に、
また落胆する。

続けられる人を見ると、
まぶしいとか羨ましいという気持ちよりも、
どこか遠い世界の話のように思えてしまう。
「私とは違う人たち」
そんな線を無意識に引いてしまう。

だからこそ、
5%しか続けられない という言葉は衝撃だった。

続けられる人が特別なのではなくて、
続かない人がダメなのでもなくて、
そもそも“人は続けられない生き物”なのだとしたら——
私はずっと、自分に厳しすぎたのかもしれない。

画面の向こうで静かに光るその言葉は、
まるで落ち葉の上にそっと落ちてくる
柔らかな秋の雨のようだった。

胸の中に静かに沈んでいた
「無理だった」という重たい感情が、
少しだけ形を変えた気がした。

続かない自分を責めていた日々

思い返せば、私はずっと
「続けられない自分」に一番厳しかった。

新しいノートを買った日のわくわくした気持ち。
「今度こそ続ける」と決めた夜の静かな決意。
ページの最初だけは丁寧に書かれた文字たち。

でも、忙しい日が続いたり、
気持ちが沈む日が何日か続いたりすると、
ふと、手が止まる。

たった数日、書かなかっただけ。
ただそれだけなのに、
ページの空白が、
まるで責めるようにこちらを見つめてくる。

「続けられないなら、最初からやらなきゃよかった」

何度そう思っただろう。
そしてそのたびに、
静かに胸の奥が沈んでいく。

“やっぱり私には無理だった。”

その言葉は、
自分を否定するための刃のように、
心の内側をそっと傷つける。

誰かに責められたわけじゃない。
誰かと競っているわけでもない。
それなのに、
私は勝手に自分を追い込んでいた。

続けられている人を見ると、
自分とは別の世界の住人のように見えた。
努力家で、意思が強くて、
ちゃんと自分を律する力がある人。

私はきっと、そうじゃない。

そんなふうに思い込んでいた。

けれど本当は——
続けられない日があるのは、当たり前だった。

心も体も、いつも同じではいられない。
調子が悪い日も、忙しい日も、
どうしても手が動かない日もある。

なのに、私は「毎日続けなければ価値がない」
そんな呪いのようなルールを
自分に課していたのかもしれない。

その無言のプレッシャーが、
落胆の重さに輪をかけていた。

続けられなかったのではなく、
続けられない仕組みのまま戦っていただけ だった。

そう思えたとき、
胸の奥にあった硬い塊が
すこしだけほどける音がした。

完璧を求めないと、習慣は動き出す

続けられない日が続くと、
「今日は書けなかった」という事実だけが
必要以上に大きく膨らんで、心を圧迫する。

でもある時、ふと気づいた。

続けられなかった理由は、
完璧にやろうとしていたから だった。

毎日書く。
きれいにまとめる。
読み返してわかりやすくする。
デコレーションもちゃんとする。
ページを埋める。

そのひとつひとつは、
本来は楽しさをくれるはずのものなのに、
いつの間にか義務のようになっていた。

本当は、
雑でもいい。
たった一行でもいい。
書けなくてもいい。

続けることの本質は、
「続いている状態」ではなく、
触れ続けている状態 なのだと。

ノートに触れる。
ペンを持つ。
ページを開く。

たったそれだけの行為が、
止まっていた心をそっと動かしてくれることがある。

それに気づいた日、
私は手帳にこう書いた。

「今日は、疲れているから、これで終わり。」

それだけで良かった。
むしろ、その一言が
これまでで一番正直で、
一番やさしい言葉だった。

続けるために必要だったのは、
強い意志ではなく、
自分に許す余白 だったのだ。

完璧を手放すと、
習慣は急に動き出す。

大切なのは、
「続けられなかった日」ではなく、
また戻ってくることができた日

落胆しても、止まっても、
また再開できるなら、
それで十分だった。

その気づきが、
私の中の重い扉をそっと開けてくれた。

たった1行でも、続ける意味はある

ページを開いたときの、
あの白い余白の光を覚えている。

真っ白な紙の前で、
言葉が浮かばない日もある。
何を書けばいいかわからない夜もある。
ペンを持つ気力さえ残っていない日もある。

でも、そんな日でも——
たった1行だけなら書ける ことがある。

「今日は苦しかった」
「なんとなく気分が沈む」
「やる気が出ない」
「胸が重い」
「疲れた」

それだけ。
ただの事実。
飾りも理由も分析もいらない。

でも、その1行は、
心が完全に途切れないための、
細い糸のような役割を果たしてくれる。

書けなかった日が続いても、
再開するための場所がそこに残る。

その細い糸を手放さずにいられるだけで、
自分を失わずに済むことがある。

私は今まで、
“続ける=完璧に積み上げること”
だと思い込んでいた。

でも、
続けるとは、戻ってくることだった。

止まってしまった日も、
落ち込んだ日も、
何も書けなかった日も、
全部ひっくるめて続いている。

ページの端に落ち葉の写真を貼りながら、
私はふと思った。

落ち葉は、枝から落ちるからこそ、
次の季節が巡ってくる。

私も、時々落ちてもいい。
完全に止まってしまわないために、
細い糸を結び直すだけでいい。

手帳にたった1行残すことは、
未来の自分に
「この日も、確かに生きていた」
と伝える小さな証明になる。

誰かに見せるためじゃなく、
評価されるためでもなく、

自分を見失わないための灯

そう思った瞬間、
ページの余白が静かに温度を帯びた気がした。

続ける仕組みとしての手帳という選択肢

「続けたい」と思っているのに続かない——
その苦しさは、意志が弱いからでも、
努力が足りないからでもない。

ただ、
続けられる仕組みをまだ持っていなかっただけ
なのかもしれない。

人は、感情も体調も日によって揺れる。
40代になってからは特に、
気分も体力も、波のように上下する。

元気な日は何でもできる気がする。
でも、沈む日は、
ほんの小さな行動さえ難しく感じる。

だからこそ、
習慣を支える“道具”が必要になる。

完璧にこなす手帳ではなく、
戻ってくる場所としての手帳。
どんな日でも受け止めてくれる余白のある手帳。
一行だけ書いて閉じてもいい、
肩の力がすっと抜ける手帳。

私にとって、それが
小さな希望の灯になった。

続けることに失敗して落胆した日も、
ページを開くだけで「続けられなかった自分」から
「また今日から始められる自分」に戻れる。

たった1行が、
自分を救う日がある。

もし今、
「続けられない自分が嫌い」
「また途中で挫折するのが怖い」
そんな気持ちの中に立っているなら——

どうか、
自分を責めないでほしい。

続けられないのは、当たり前。
人のほとんどは、続かない。

だからこそ、
続けられる仕組みを味方につける ことが必要なのだと思う。

ページの端に貼った
「継続できるのは5%だけ」という言葉を見ながら思った。

私はその5%を目指したいんじゃなくて、
たとえ落ちても、
また戻ってこられる自分でいたい。

そのために、
「手帳」という道具が
静かに支えてくれた。

そして、
背伸びせずに続けたい人のために作られた
“養生手帳”
という選択肢がある。

ルールに縛られない。
書けない日を責めない。
心と体の波を見える化して、
自分のペースで整えていける。

変われない日も、
何もできない日も、
そのまま受け止めてくれる場所。

生活は、一気には変えられない。
でも、たった1行からなら始められる。

続けたい気持ちはあるのに、
何を書けばいいかわからなくて止まってしまう日がある。

白紙のページは自由だけど、
時にはその自由さが苦しくなることもある。

そんな人にこそ、
“枠が最初から決まっている養生手帳” が向いていると思う。

書く場所が決まっていると、
迷う時間が減って、
「とりあえず1行だけ書く」ということができる。

決まった項目に沿って書くだけで、
自分の心と体の変化が自然に見えてくる。

  • 気分
  • 体調
  • 睡眠
  • 食事
  • 今日のひとこと

書き方に悩まないから、
続けるハードルがうんと低くなる。

続ける仕組み があるだけで、
日々の小さな記録が積み重なっていく。

もし、
「続けたいのに続かない」
「自由なノートが逆に苦しい」
そんな気持ちがあるなら——

養生手帳という選択肢を、
そっと置いておきます🌿

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養生手帳はこちら>>

今日も小さな養生を。



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Wrote this article この記事を書いた人

ミカ

手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。

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