マスキングテープを集めすぎてしまう理由
またマスキングテープを買ってしまった。
気づけば、引き出しの中には色とりどりの柄が並び、
もう収納場所が限界に近い。
「これ以上はやめておこう」
そう思ったはずなのに、
ネットで新しいデザインを見つけると、
理性より先に心が動いてしまう。
マスキングテープを集めすぎている自覚はある。
それでも手が伸びてしまうのは、
欲しいからというより、
安心したい気持ちに近いのかもしれない。
誰かにとっては、ただの紙のテープ。
でも私にとっては、
日々の忙しさや張りつめた気持ちから
ほんの少し距離を取るための、小さな逃げ場だ。
選ぶ時間は、
「ちゃんと頑張っている自分」を
そっと撫でるような行為でもある。
だから増えていく。
必要だからというより、
今の自分が、そういう静かな癒やしを
求めているから。
集めすぎてしまうことを、
以前は少し後ろめたく感じていた。
でも最近は思う。
それは、弱さではなく、
暮らしの中で自分を守ろうとする
自然な反応なのだと。
選ぶことで見えてくる、今の自分の気持ち
今日は、どの柄を使おうか。
引き出しを開けて、マスキングテープを一本ずつ眺める時間は、
思っている以上に静かで、正直だ。
その日の気分や、空の色、
体の奥に残っている疲れ具合によって、
手が伸びる柄は少しずつ違う。
くすんだブルーを選ぶ日は、
頭の中を整理したいとき。
淡いピンクを手に取る日は、
誰かに優しくしたい気分の日。
理由を考えて選んでいるわけじゃない。
けれど、あとから振り返ると、
無意識に今の自分を映すものを
ちゃんと選んでいることに気づく。
“選ぶ”という行為は、
何かを飾るためだけの作業ではなく、
自分の心の状態を確かめる、
小さな対話なのかもしれない。
手帳やノートの片隅に、
そっとマスキングテープを貼る。
それだけで、
今日の心の温度が、
目に見える形で残っていく気がする。
言葉にできない感情も、
説明できない揺らぎも、
選んだその柄が、
代わりに引き受けてくれている。
「集める」から「使う」へ変わったきっかけ
気づけば、箱いっぱいに集まったマスキングテープ。
以前の私は、集めることで満足していた。
持っているだけで、
「好きなものがそばにある」という安心感があったから。
けれど、あるときふと、
引き出しの奥で眠ったままのマステを見て思った。
これらは、眺めるためだけに
ここにあるのだろうか、と。
使うのが、少し怖かった。
減ってしまうことや、
失敗してしまうことが、
もったいない気がしていた。
でも、思いきって一本を手帳に貼った日、
その感覚は静かに変わった。
お気に入りを惜しまず使うことで、
「もったいない」という気持ちが、
少しずつほどけていった。
誰かへの手紙。
子どものプリント。
仕事のメモの端。
ほんの少し貼るだけで、
日常にやわらかな余白が生まれる。
マスキングテープを引くときの
「ピッ」という音。
指先に伝わる、紙の質感。
それらは、
特別なことをしているというより、
暮らしの中に小さな儀式を
迎え入れているような感覚だった。
好きなものは、
しまい込むためにあるのではなく、
使うことで、
ちゃんと暮らしに馴染んでいく。
そう気づいてから、
集めることへの後ろめたさは、
少しずつ、形を変えていった。
日常を彩る、小さな「好き」の使い方
マスキングテープを貼るたび、
私は思う。
「飾る」という行為は、
特別な日のためのものじゃないのだと。
忙しさに追われる毎日の中で、
自分の感情は後回しになりがちだ。
やるべきことを優先して、
気づけば一日が終わっている。
そんな日々の隙間に、
たった一枚のマスキングテープを貼る。
それだけで、
ほんの一瞬、時間の流れが緩む。
好きな柄を選び、
自分の手で使う。
その行為そのものが、
心を取り戻すための合図になる。
誰かに見せるためでも、
完璧に整えるためでもない。
自分が心地いいと感じるかどうか、
ただそれだけを基準にする。
日常を彩るというのは、
何かを足すことではなく、
自分の感覚に立ち返ることなのかもしれない。
マスキングテープは、
暮らしを変える魔法ではない。
けれど、
自分を雑に扱わずに済むための、
小さな支えにはなってくれる。
40代から気づいた、「好き」を残していくという選択
この年齢になって、ようやく気づいた。
整えることは、
ただ物を減らすことじゃない。
心が動くものを選び、
そっと手元に置いておく。
それは、未来の自分に向けた、
小さな贈り物のようなものだ。
マスキングテープは、
ただの紙の帯ではなく、
私が「好きだった気持ち」の記録。
その一本一本に、
そのときの私が、ちゃんと残っている。
減らすことで安心できる日もある。
けれど、
残すことで呼吸が楽になる日もある。
どちらが正しいかではなく、
今の自分に合っているかどうか。
それを確かめながら、
暮らしを選んでいけばいい。
明日また、新しい柄を使おう。
それは、新しい一日を迎えるための、
小さな決意のようなものだから。
好きなものを持つこと。
そして、それを惜しみなく使うこと。
その繰り返しが、
「今」を大切に生きる力になる。
今日も小さな養生を。
