会社の方針に共感できないとき、どう向き合う?|40代、仕事とモチベーションの話

会社の方針に共感できないとき、どう向き合う?|40代、仕事とモチベーションの話

正直に話した日、胸の奥が少し軽くなった

仕事で「正直に話す」というのは、思っているより勇気がいる。
相手が社長なら、なおさらだ。
小さなベンチャーでは、一言が空気を変えてしまう。

それでも私は、あの日、言わずにはいられなかった。
新しいサービスの方針を聞いたとき、胸の奥に小さな違和感が走った。
——私は、そのサービスのユーザーにはならない。
その言葉を飲み込んだまま進むのは、苦しかった。

自分が「いい」と思えないものを作り続けるのは、
どうしても誠実でいられない気がした。

社長に伝えると、空気が少し張りつめた。
彼は静かに頷きながらも、
心のどこかで「理解できない」という表情をしていた。
その瞬間、私たちは違う方向を見ているのだと気づいた。

それでも、後悔はない。
私は同じ世代の女性として、リアルな感覚を持っている。
だからこそ、「男性が考える女性向けサービス」には、
どこか無理があると感じてしまう。

その小さな違和感は、
きっと彼には伝わらないだろう。
けれど、嘘をついて笑うより、
正直に話した今のほうがずっといい。

気まずさのあとに残ったのは、
少しだけ軽くなった胸の奥と、
「これでいい」という静かな確信だった。

自分が“ユーザーになれない”サービスを作る苦しさ

「このサービス、誰のために作っているんだろう?」
そう思う瞬間が、最近増えた。

ターゲットは40〜60代の女性。
けれど、企画会議のテーブルには、ほとんど男性しかいない。
みんな真剣に考えているのはわかる。
でも、どこかで“理想の女性像”を前提にしているように感じてしまう。

たとえば、「女性はこういうのが好きですよね」と言われるたび、
心の中で小さくつぶやく。
——それ、本当に“現実の私たち”が求めていることだろうか。

私は、このサービスの想定ユーザーとほぼ同じ世代。
だからこそ、違和感に敏感になってしまう。
見えない壁の向こうで、
「女性ならきっとこう思う」という仮定がどんどん積み重なっていく。
気づけば、その山の中に本当の声が埋もれている気がする。

オンライン会議ではうなずきながらも、
心のどこかで取り残されていく感覚がある。
「共感できない」と言えば、空気が止まる。
でも、黙って合わせてしまえば、
私が私である理由が、少しずつ削られてしまいそうで怖い。

仕事は好きだ。
けれど、自分がユーザーになれないものを作り続けるのは、
どこか、自分を裏切るような痛みがある。
共感できない場所に立ち続けるのは、想像以上に孤独だ。

会社の未来と自分の未来は、必ずしも同じでなくていい

「このままでいいのかな」と思うようになったのは、去年の年末ごろ。
その頃から、会社の方向性が少しずつ変わりはじめた。

ゴールが決まったと思えば、次の週にはまた修正。
何度も書き直すプロンプトの向こうで、
自分が信じていた“理念”が、どんどん輪郭を失っていった。

私は、社会的な課題を解決する仕事がしたかった。
それがこの会社の理念にも重なっていて、
最初は、ここでなら理想の未来が描けると思っていた。
けれど、いつの間にか舵は別の方向へ。

「社長がやりたかったことを貫く」という軸が見えなくなり、
気づけば、私たちはどこへ向かっているのかわからないまま走っている。
頑張っても、誰かのひと声で“目的地”が変わる。
そんな繰り返しの中で、
自分の理想と会社の未来が、ゆっくりとすれ違っていった。

このズレは、努力では埋まらない。
理想を信じているからこそ、迷いが生まれる。
会社の成長を願いながらも、
「このまま一緒に進んでいいのか」と自分に問い続けている。

たぶん、同じ船に乗っていても、
見ている水平線はもう違うのだと思う。
それに気づくのは、悲しいけれど、正直なことだ。
会社の未来と自分の未来は、
必ずしも同じでなくていい。
それを受け入れることが、次の一歩になるのかもしれない。

迷いながらも、誠実に働くということ

いまの私を仕事につなぎとめているのは、もう“熱意”ではない。
生活と家族——それだけだ。

在宅勤務という形に、私は助けられている。
子どもが学校から帰る音を聞けること。
夕方に一緒におやつを食べられること。
その小さな日常が、いまの働き方を支えている。

正直、会社にはもう期待していない。
理念も、方向性も、何度も変わってしまった。
だからこそ、心を込める対象は“仕事”そのものではなく、
“生活を守ること”へと静かに変わっていった。

それでも、与えられた仕事には誠実でありたいと思う。
たとえ心から共感できなくても、
自分の手を抜かないことで、
家族に胸を張れる自分でいたい。

もし子どもたちがもう少し大きければ、
きっと、私はこの仕事を辞めているだろう。
けれど今は、生活をつなぐためにここにいる。
それは弱さではなく、現実を受け入れる力だと思っている。

働く意味は、いつも同じ形をしているわけじゃない。
理想を追う時期もあれば、
静かに暮らしを守る時期もある。
いまの私は、後者を選んでいる。
迷いながらも、誠実に。
それが、今の私にできる“働く”ということ。

今日も小さな養生を。



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Wrote this article この記事を書いた人

ミカ

手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。

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