
焼き立ての香りに包まれた朝
子どもたちを学校へ送り出したあと、
朝8時のまだ冷たい空気の中、
夫とふたりでパン屋へ向かった。
前日に一緒にお祭りへ行ったばかりだけれど、
こうして早い時間に
静かな場所へ向かうのは、
なんだか少し新鮮だった。
車の中は、
ほとんど会話のないまま静かで、
その沈黙さえも心地よかった。
FMラジオの小さな音だけが
淡い朝の空気を満たしていた。
「このパン屋、昔は小さなお店だったんだよ。」
信号待ちのとき、
夫がふっと思い出したように言った。
夫の実家の近くにあったというそのパン屋は、
今は移転して大きな店になっている。
幼い頃、
部活帰りに友達と立ち寄って
甘いたまごパンを買ったこと。
それが、
小さな楽しみだったこと。
夫の声の奥に、
懐かしい景色がにじんでいた。
店の扉を開けた瞬間、
甘くあたたかな香りが一気に広がった。
ガラスの向こうから差し込む朝の光が、
焼き立てのパンの表面を
やわらかく照らしていた。
夫は迷わずたまごパンを選び、
トレーにそっと置いた。

その横顔を見たとき、
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
“この人にも、大切な場所と時間がある。”
袋を抱えて車に戻ると、
ふわりと甘い香りが立ち上がる。
それだけで、
朝の空気がやわらかくほどけていくようだった。
パンをまだ口にしていないのに、
すでにどこか満たされていた。
たまごパンの甘さで育った私たち
夫の実家の近くにあったという、
小さなパン屋さんの話を聞いたとき、
胸の中にふわりと広がったのは、
懐かしさのおすそ分けをもらったような感覚だった。
私と夫が出会ったのは中学生の頃。
だから、
そのパン屋さんに通っていたという
小学生の頃の夫の時間は、
私は知らない。
どんな背丈をしていたのか、
どんな友達と笑っていたのか、
その頃の季節の匂いや、
放課後の帰り道の景色さえも
私はなにも知らない。
けれど——
袋の中のたまごパンの甘い香りが、
その知らない景色へ
そっと橋をかけてくれた気がした。
「昔さ、友達とここで買って帰ったんだ」
夫が少し照れくさそうに笑ったとき、
その声には
あの頃の無邪気な温度が
わずかに混ざっているように聞こえた。
甘いものが特別だった時代。
コンビニでいつでも好きなものが手に入るような
今とは違う、
選ぶ楽しさと、
待ちわびる喜びがあった時代。
たまごパンの甘さは、
ただの味じゃなくて、
“大切な記憶そのもの”だったのだと思う。
袋越しに感じるやわらかい重さに、
私はその思い出の味を
ほんのすこし、分けてもらった気がした。
長く一緒にいても、
知らない時間があっていい。
知らない季節があるからこそ、
こうしてひとつずつ、
相手の過去に触れていく。
パンの香りは、
見えない扉を静かに開けてくれる。
そう思えた朝だった。
子どもたちの反応は、少しだけ違っていた
家に戻り、
紙袋をそっとテーブルの上に置く。
袋を開いた瞬間、
ふわりと甘い香りが広がった。
夫が選んだのは、
小さな丸い形のたまごパン。
素朴な焼き色と、
手で割るとほろりと崩れそうな柔らかさ。
「食べてみる?」
声をかけると、
学校から帰ってきた子どもたちはそれぞれ手を伸ばし、
ひと口かじってみた。
その反応は——
思っていたより、
ずっとあっさりしていた。
「うん、おいしい。」
「ふつう。」
そんな、短い言葉だけが返ってきた。
心の中でふっと笑ってしまった。
そうだよね。
今の子どもたちは、
色も形も味も、
刺激の強いお菓子があふれた世界で育っている。
スーパーに行けば、
カラフルなグミや
次々と新商品が並ぶスイーツがあって、
手を伸ばせば
なんでも選べる。
そんな今の時代の舌には、
このやさしい甘さは、
きっと特別ではないのだと思う。
でも——
私も夫も、
こういう素朴な甘さで育った。
部活帰りに、
友達と笑いながら分け合った味。
家へ帰る途中、
袋のあたたかさを掌で感じたあの時間。
「その頃の楽しみって、こんな感じだったよね。」
私がつぶやくと、
夫は静かにうなずいた。
子どもたちのそっけない反応の向こう側で、
私たちふたりだけの
小さな共通点が
そっと光った気がした。
たとえ、
この甘さに特別な感動を覚えなくてもいい。
きっといつか、
どこかで思い出すのだと思う。
自分が育った味に
そっと救われる瞬間が
人生には必ずやってくるから。
私も、夫も、そうだったように。
それぞれの舌には、
それぞれの時代の記憶が宿っている。
変わってしまったもの、変わらないもの
夕方、家の中を満たす生活音がやわらいで、
少し落ち着きを取り戻した頃。
キッチンのカウンターに置きっぱなしの
パンの紙袋を見つめながら、
今日の朝の出来事を思い返していた。
薄くなりかけた甘い香りが
まだほんのりと残っていて、
その余韻が
胸の奥に静かに深く沈んでいく。
夫が懐かしそうに選んだたまごパン。
知らない頃の夫の景色と時間を、
少しだけ分けてもらえたような朝。
あの瞬間、
確かに心があたたまった。
変わっていくものと、
変わらないもの。
時代も街の姿も味覚も変わっていくけれど、
ふとした香りや小さな出来事が、
人の心に静かに灯りをともす瞬間がある。
新しくなったパン屋さん。
これからまた何度も通う場所が増えた。
休日の小さな楽しみが増えるということは、
未来にひとつ、
明るい約束が足されたということ。
その気持ちだけで、
今日はもう十分だった。
夕方の柔らかい光の中で、
胸の奥に静かな満足感が広がっていくのを感じた。
パンとの相性も抜群、インドネシアのKOPIKO
夕方、
子どもたちがパンを食べ終えて
それぞれの部屋で宿題をしに行くと、
家の中に静けさが戻ってきた。
さっきまで賑やかだった音が嘘のように消えて、
時計の針の音だけが
小さく空気を刻んでいる。
夕ご飯を作る前の、
ほんの短い休憩の時間。
「コーヒーでも飲む?」
夫が肩の力の抜けた声で言った。
湯が沸く音が
静かなキッチンに優しく響く。
その音を聞いているだけで、
少しずつ身体の緊張がほどけていく。
お気に入りのカップをふたつ並べて、
お湯を注ぐと、
ふわりと立ちのぼる
甘くてクリーミーな香り。
最近、私たちがよく飲んでいる
インドネシアの「KOPIKO」。
ひと口含むと、
やわらかい甘さが舌に広がり、
今日あった出来事のざわつきが
ゆっくりと遠ざかっていく。
言葉はほとんど交わさなかった。
ただ、同じカップを両手で包みながら
同じ方向を静かに見つめていた。
こんなふうに
誰かと一杯のコーヒーを分け合える時間があること。
それだけで、
今日という一日に
丸い句点が打たれたように思えた。
パンのやさしい甘さの記憶と、
KOPIKOのあたたかな余韻が重なって、
心の奥に静かな灯りがともる。
変わっていくものと、
変わらないもの。
そのどちらにも
そっと手を添えるような、
柔らかい時間。
それだけで、今日は十分だった。
またあのパン屋さんへ行こう。
静かな未来が、
小さく、でも確かに灯って見えた。
今日も小さな養生を。
— 今日の一杯:インドネシア KOPIKO —
・甘くてクリーミー、やさしい味
・ホットにすると、湯気と香りがふわりと広がる
・お湯を注ぐだけで本場の味
・1日の終わりに心がほどける一杯
手帳を開く前に、
ほんの少し深呼吸をしたくなる味。
Wrote this article この記事を書いた人
ミカ
手帳と暮らすミカです。 薬剤師・和漢薬膳師として、心と体の「めぐり」を見つめながら暮らしています。 40代を迎え、心や体の声に耳を澄ます日々。 手帳を開く時間は、私にとって小さな養生であり、静かな儀式です。 ここでは、ほぼ日手帳に綴る日々の出来事や心の揺れを通して、 「人間らしく生きる」ためのヒントを探しています。